なぜ伊調の連勝は止まったのか?
レスリングというものが何をもって優劣を競うのかという背景が違うため、どちらともとれる体勢になったとき、今回のヤリギン国際大会では返し技に有利な判定が多く出ていた。たとえば正面タックルに入って相手に尻もちをつかせると、日本の大会ではタックルをした側に得点がつく。しかし、今大会では続く返し技で体を返された側に4点が加点され、タックルした側に得点はつけられなかった。 負けないために返し技を重点的に習得するべきなのかと問う伊調に、コーチ陣は「それは解決方法じゃない」と答えた。そして「場外ぎわの曖昧な場所ではなく、マットの真ん中で、誰がみても得点したとわかる形で点をとればいい」と続けた。 決勝戦を終え、表彰式が終わっても、伊調は取り乱した様子も見せず、涙を流すこともなく冷静だったとその場に居合わせた誰もが言う。興奮していたのは周囲ばかりで、決勝戦の試合映像には、試合終盤に"センセーショナルな瞬間"をとらえようとスマホをかまえて撮影する人が群がる様子が残っている。彼らが撮影した画像や映像はSNSへ次々に投稿され、会場中が興奮していたことがわかる。しかし、伊調はずっと落ち着いていた。 表彰式では久しぶりに立った2番目の高さの台上で「決勝戦の何が悪かったのか、分析して考え」続けた。成田空港では、手のひらにすっぽりおさまるくらいの、少しこぶりな長方形の銀メダルをあらためて手に持つと「メダルには執着しないんですけど。この銀メダルをみると悔しさを思い出すと思うので、大事に持っていたいと思います」と微笑んだ。 首の状態があまりよくないため、2月に出場を予定しているタイでのアジア選手権の出場は微妙になった。当初の強化予定は崩れたが、敗れたことで五輪への集中力が増したようだ。成績よりも試合の内容を重視すると公言する伊調は、五輪を唯一「勝ちにこだわるべき大会」と認めている。特に目立った戦績もなくノーマークだった22歳が、コーチと相談して練った伊調対策として繰り出した返し技の連続で敗れたことは「よい勉強」として実を結ぶのか。8月の五輪ではきっと、いっそう研ぎ澄まされた伊調馨のレスリングスタイルが見られるだろう。 (文責・横森綾/フリーライター)