アカデミー賞総評:結果は順当、心に残るスピーチの数々も:第96回アカデミー賞
だが、最も心に残るスピーチをしたのは、長編ドキュメンタリー賞を受賞した『実録 マリウポリの20日間』のムスティスラフ・チェルノフ監督だ。映画は、ロシアがウクライナに侵攻してきた最初の20日間の様子を描くもの。「この映画を作ることがなければ良かったのにと言う監督は、僕が初めてでしょう。ロシアが攻撃して来なかったら良かったのに。ロシアは僕の同胞であるウクライナ人を大量に殺しています」と述べ、会場にいるハリウッドの有力者たちに向けて、「世界で最も才能のあるあなたたちと一緒になって、歴史が正しく語られるようにしていかなければ。映画は記憶を形づくり、記憶は歴史を作るのですから」と呼びかけた。ウクライナ作品がオスカーを受賞するのは、これが初めて。
初めてといえば、『ゴジラ-1.0』は、日本の作品が視覚効果賞を受賞した初めての例となった。監督である山崎貴がこの部門を受賞したのも珍しいことで、『2001年宇宙の旅』(1968)でスタンリー・キューブリックが受賞して以来となる。また、日本作品では、宮崎駿監督の『君たちはどう生きるか』が、強力なライバルだった『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』を破って長編アニメーション映画賞を受賞。一方、国際長編映画部門に候補入りしていたヴィム・ヴェンダース監督、役所広司主演の日本映画『PERFECT DAYS』は、最有力視されていたイギリスの『関心領域』に敗れた。『マエストロ:その音楽と愛と』でメイク・ヘアスタイリング部門に候補入りしていた日本出身のカズ・ヒロも受賞を逃している(受賞したのは『哀れなるものたち』)。
さて、受賞結果以外に話を移そう。今回のハイライトはなんと言っても『バービー』の挿入曲で歌曲部門に候補入りした「I’m Just Ken」をライブで歌ったライアン・ゴズリングだろう。ショッキングピンクのスーツで舞台に上がったゴズリングの後ろで踊る男性陣の中には、やはり『バービー』でケンを演じたシム・リウやキングズリー・ベン=アディルの姿も。途中、ゴズリングは舞台から客席に降り、マーゴット・ロビー、アメリカ・フェレーラ、『ラ・ラ・ランド』で共演したエマ・ストーンにもマイクを向けて、一緒に歌ってもらってもいる(ストーンは、ドレスの後ろに問題が起きたのはあの歌を歌った時だと受賞スピーチで語っている)。歌曲部門に候補入りしたほかの歌のパフォーマンスもみんな良かったが、会場をフィーバーさせたのは、断然これだった。 今回の司会は、これが4回目となるジミー・キンメル。ベテランならではの余裕で、スムーズに授賞式を進行した。そんな彼は、授賞式もいよいよ終わりを迎えようとしている時、スマホを取り出し、ソーシャルメディアに投稿された自分への批判コメントを披露。最後は「Make America Great Again」で締めくくられているそのコメントについて、「これを投稿したのはかつて大統領だった人ですが、誰だと思いますか?」と会場に問いかけ、トランプに向けて「観ていてくれてありがとうございます。まだ起きていらっしゃるとは驚きですが。そろそろ刑務所に行かれる時間では」とブラックなジョークで切り返した。今年のオスカーに、薄かった政治色が加わった瞬間だった。