【訂正】小説家・加藤シゲアキの真骨頂ーー最新刊『なれのはて』の重層的な物語世界
男性アイドルグループ「NEWS」のメンバーの加藤成亮が、加藤シゲアキと名を変え小説家デビューしたのは、2012年のことだった。作品は『ピンクとグレー』(KADOKAWA)。はっきりいってアイドルに興味がないので、そのときは書店で本を見ても手に取ることはなかった。ついでにいうとデビュー作を含む初期三作は、渋谷と芸能界を舞台にしており、勝手に小説はアイドル活動の余技だと思い込んでいた。今となっては、不明を恥じるしかない。なぜなら作者は、本物の小説家だったからだ。 そのことが広く認知されるようになったのは、やはり2020年に刊行された『オルタネート』(新潮社)だろう。高校生限定のマッチングアプリ「オルタネート」が必須となった現代を舞台にした青春小説である。作品の評価は高く、第164回直木賞は逸したものの、第42回吉川英治文学新人賞と第8回高校生直木賞を受賞した。そんな作者の新刊『なれのはて』(講談社)は、重厚なミステリーである。 テレビ局の報道部記者だった守谷京斗は、ある事件を切っかけにイベント事業部に異動させられた。守谷にとっては流刑である。だが、異動先にいた吾妻李久美から、祖母の遺品である絵の写真を見せられる。手に羽を持った少年の絵だ(後に手に持っているのは羽でないことが分かる)。写実的でありながら、どこか浮世離れした絵に衝撃を受ける守谷。さらに吾妻から、この絵の作者の展覧会を開きたいと相談される。絵の署名に、ISAMU・INOMATAとあるので、その人物が作者なのだろう。しかし作者の正体は分からず、絵もこれ一枚しかない。その点を逆手に取って、「無名の天才『イサム・イノマタ』~たった一枚の展覧会~」という企画を守谷は提案する。 これを気に入った吾妻だが、実現には幾つかのハードルがある。もっともネックになるのは著作権だ。パブリックドメインになっていれば問題はないが、そのためにはまず作者の正体と生死(死んでいるなら死亡した日も)を突き止めなければならない。守谷は報道局時代に仲のよかった谷口に調査を頼むと、新聞記事が見つかった。秋田の地方紙で、日付は1961年の1月4日。秋田県秋田市で焼死体が発見された。遺体は猪俣傑と思われる。また、行動を共にしていたと思われる弟の猪俣勇が、傑の遺体発見前夜から行方不明になっているというものだ。この猪俣勇が、イサム・イノマタなのか。記事を見た守谷は、失ったはずの記者魂を再燃させ、吾妻と共に本格的な調査を始めるのだった。 本書には読者の興味を惹くフックが、幾つもちりばめられている。たとえば守谷は報道局時代、小笠原という先輩記者の世話になっていた。しかし、まだ説明されていない事件に小笠原を巻き込んでしまい、そのことが負い目になっているらしい。また、守谷と吾妻は、家族に複雑な思いを抱いているようだ。このようなフックがたくさんあり、読者を物語に没頭させるのである。 とはいえ本書の最大の謎は、イサム・イノマタの正体と、過去の事件の真相である。だが、調べれば調べるほど、底が見えなくなる。感心したのはここに、史実を持ってきたことだ。ひとつは、かつて秋田県が国内最大の原油産出県だったこと。焼死体となって発見された傑は、猪俣石油化学株式会社の創業者であり、猪俣家は今でも隠然たる勢力を持っている。守谷たちが頼る秋田の刑事・長谷川勉は、かつて小笠原と猪俣石油の贈賄疑惑を追ったが、圧力によって潰されたという過去がある。さらに現在の社長である猪俣輝は、吾妻がイサム・イノマタの絵を所持していると知ると、一億円で買い取ると申し出た。そして、これを断った吾妻は東京で空き巣に狙われたのだった。 このような現代パートの合間に、さまざまな人物の視点による過去パートが挟まる。猪俣傑・勇・輝の三人の他に、猪俣家と深い関係にある赤沢寅一郎や藤田八重の人生が綴られる。そこからさまざまな事実が露わになっていくのだ。猪俣一族の〝業〟に満ちた歴史も、本書の読みどころだ。 一方で、もうひとつの史実である、土崎空襲もクローズアップされる。ちなみに土崎空襲とは、終戦の一日前に起きた、日本最後の空襲である。米軍の爆撃の目標は製油所。ここでも石油が重要な意味を持っているのだ。また、この空襲により戦災孤児となった道生という少年を、勇が引き取ることになる。長大な時間軸を持つ物語は、守谷と吾妻も巻き込み、壮大な人間ドラマへと昇華。守谷の再起や、吾妻の家族との和解など、サイド・ストーリーも充実している。しかもラストには、最大の感動が待ち構えているのだ。多数の要素を巧みにまとめ、ずっしりとした物語世界を創り上げられている。これが小説家・加藤シゲアキの真骨頂だ。 ※記事初出時、本文に誤りがありました。以下訂正の上、お詫び申し上げます。(2023年12月6日11:47、リアルサウンド編集部) 誤:吾妻季久子 正:吾妻李久美 誤:加藤成晃 正:加藤成亮 誤:イチム・イノマタ 正:イサム・イノマタ
細谷正充