野生のヒグマの観察プログラムを成功させた、米国カトマイ国立公園の秘訣とは
面積160万ヘクタールに約2200頭のヒグマが暮らしている
面積約160万ヘクタールの米国アラスカ州カトマイ国立公園および自然保護区は約2200頭のヒグマ(Ursus arctos)の生息地だ。アリューシャン山脈によって隔てられた太平洋沿岸部には、記録されているなかでも特に高い密度でヒグマが暮らしている。沿岸部は、ヒグマが食べるカヤツリグサ科の植物やサケ、二枚貝のダイコクオオミゾガイなどが豊富なため、クマがたくさん集まっても困らない。ハロー湾もそうした食料の宝庫で、観光客が小型飛行機やボートで訪れてクマを観察できる絶好のスポットとなっている。 写真:ヒグマと鮭と、ほとばしるイクラ 物心つく頃には、ヒグマは私(写真家のアケーシャ・ジョンソン)の人生の一部になっていた。当時20代だった両親は夏の間、カトマイ国立公園のすぐ北にある岩だらけの海岸で、ヒグマの観察ができるキャンプを運営していた。 両親がヒグマ観察ツアーのガイドをしていた1980年代半ばの5年間に、アラスカでのヒグマに対する考え方は大きく変わった。それまでは、ヒグマのツアーといえばトロフィーハンティング(趣味の狩猟)のことだった。近くのマクニール・リバー野生動物保護区の生物学者とスタッフは、クマの行動は予想できないという昔からの定説を覆そうと、ヒグマの行動を調査していた。 また、保護区の生物学者とスタッフは、人間の行動をコントロールすればクマが人間の存在を気にしなくなることを発見した。ガイド付きツアーの参加者を少人数に制限し、クマの行動と空間に敬意を払い、人間の食べ物を与えないなどの取り組みを徹底した。マクニール・リバーをたびたび訪れて育った私にとって、一度に40頭ほどのヒグマがいるのは当たり前の光景だった。 50年近く前、マクニール・リバーの管理責任者だったレリー・オーミラーは、夏に訪れる観光客を毎日、同じ場所に案内してヒグマを観察するプログラムを始めた。このプログラムは成功を収め、現在も続いている。保護区のスタッフはクマを見分けるために1頭ずつ名前をつけ、数十年も積み重ねられてきた調査研究の記録に日々の観察結果を書き加えている。 私はマクニールで、漁をするヒグマたちが独自の技を磨く様子を目にした。滝を飛び越える魚をつかみ取ったり、渦の中を潜って魚を捕まえたり、自分より体の大きなヒグマの食べ残しが流れてくるのを下流で待ち構えるなど、その方法はさまざまだ。母親は子グマのそばについて熱心に教えることもあれば、子グマが自由に動くのをただ見守ることもある。 ヒグマが人間を信じきって、あまりにも無防備な姿を見せたときのことを今でも鮮明に覚えている。Tベアと呼ばれていた雌のクマは、私のカメラのすぐ前で子グマたちに授乳し始めたのだ。また、全身をブロンズ色の毛に覆われ、顔に輪っかのような模様のある雌が、日陰で昼寝をするため私と父のすぐそばまでやって来たこともあった。 そうした瞬間に遭遇できたのは、土地の保護と管理が徹底されていたからだということに、まだ子どもだった私は気づいていなかった。 カトマイの海岸には空と海からしかアクセスできない。これほど安全にクマを観察できるのは、人里離れている上、自然の食料が豊富だからだ。カトマイ国立公園のヒグマは、人間が食べ物を持っていたり危害を加えたりする存在だという発想がない。ハロー湾のような場所では、何十年も観光客がクマを見に訪れているが、オーミラーやクマの研究者たちが定めたルールが守られている。 ※ナショナル ジオグラフィック日本版9月号「ようこそ、ヒグマたちの楽園へ」より抜粋。
文=アケーシャ・ジョンソン(写真家)