「ずっと甘えていた」 なでしこ主将指名、無敗マンC守護神が決意を固めた監督代行の一言【コラム】
シティ移籍のチャレンジ、苦労するコミュニケーション
日テレ・ベレーザ(現日テレ・東京ヴェルディベレーザ)に所属していた2015年8月に、韓国との東アジアカップ(現EAFF E-1サッカー選手権)でなでしこジャパンでのデビューを果たしてから、最終的には4-0で圧勝した今回の韓国戦が76試合目の出場になる。その間、2019年と2023年のFIFA女子ワールドカップ(W杯)、五輪では2021年の東京大会と今夏のパリ大会で、日本のゴールマウスを守ってきた。 特にパリ五輪では「無所属」の肩書きで出場した。INAC神戸レオネッサに移籍した2021-22シーズン。新たに創設されたWEリーグの初代最優秀選手賞(MVP)に選出されている山下は、海外移籍へ向けた準備のために6月に退団。パリ五輪後の8月9日に、マンチェスター・シティと3年契約を結んだ。 「自分にとって新しいチャレンジだし、こういう経験をしたことがなかったので、移籍から最初の1か月が過ぎるのがものすごく長く感じられたというか、濃かったイメージがいまでもあります」 笑顔で振り返った山下は、イングランド女子スーパーリーグの強豪で、リーグ戦の全5試合で先発を勝ち取り、チームを4勝1分と無敗の首位に導く活躍ぶりを手土産になでしこジャパンへ合流した。 もっとも、新天地での日々は決して順風満帆ではなかった。先述したように、英語を不得手としている山下は、それだけで最終ラインとの密なコミュニケーションが求められるキーパーとしてハンデを背負う。週に2度の英会話レッスンを欠かせないと明かした山下は、こんな言葉をつけ加えるのを忘れなかった。 「それでも、味方とのコミュニケーションというのはほとんどできていないんですよ。文法が全然ダメなので、もうほとんど簡単な単語だけで、という感じです。英会話、もっと頑張らないとダメですね」 悪戦苦闘しながらも守護神の座を譲らなかった軌跡が、山下の自信をさらに膨らませた。そこへ代表チームでキャプテンを務めた経験が、特に心の部分でさらなる成長を促す。山下はこんな言葉も残している。 「自分がキャプテンでいいのかな、と最初に思ったのと同時に、いままでの自分は(熊谷)紗希さんという存在にずっと甘えていた。これからはそれを自覚しなきゃいけない、というのは確認できたと思っています」 年内にも決まる予定の新監督の意向次第では、大役拝命は最初で最後になるかもしれない。誰よりも山下自身が「一度きりかな」と苦笑する。それでも身体能力の高さを生かしたセービングと、足元の正確な技術でビルドアップにも加わる守護神が、メンタル面でもターニングポイントを迎えたとすれば――。29歳になった直後に迎えた韓国戦は山下個人にとっても、そしてなでしこジャパンにとっても大きな財産となる。 [著者プロフィール] 藤江直人(ふじえ・なおと)/1964年、東京都渋谷区生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後に産経新聞社に入社。サンケイスポーツでJリーグ発足前後のサッカー、バルセロナ及びアトランタ両夏季五輪特派員、米ニューヨーク駐在員、角川書店と共同編集で出版されたスポーツ雑誌「Sports Yeah!」編集部勤務などを経て07年からフリーに転身。サッカーを中心に幅広くスポーツの取材を行っている。サッカーのワールドカップは22年のカタール大会を含めて4大会を取材した。
(藤江直人 / Fujie Naoto)