【ミネラルウォーター業界大研究】各社の強みが丸わかり…日本で「一番売れる水」を目指す大戦争の内幕
かつて清涼飲料水業界には、缶コーヒーという絶対王者が君臨していた。そしてその後を追うのは、常にペットボトルのお茶だった。 【図解】味以外で差をつけろ…!ミネラルウォーター業界「ひと目でわかる最新勢力図」…! ところが――現在、その2強を差し置いて日本で最も売れている清涼飲料水は、「サントリー天然水」。そう、ミネラルウォーターなのだ。 ’05年の飲料総研の調査によれば、売り上げトップは缶コーヒーの「ジョージア」、2位が「お~いお茶」、次いで「アクエリアス」や「コカ・コーラ」となっており、ミネラルウォーターはトップ10にも入っていない。 しかし’22年の同調査では「サントリー天然水」が1位、7位にもコカ・コーラ社の「い・ろ・は・す」がランクイン。空前の「天然水ブーム」が起こっているのだ。経済ジャーナリストの高井尚之氏は、「理由は大きく分けて3つある」と分析する。 「1つは様々な場面でミネラルウォーターが定着したこと。東日本大震災以降、水を買って備蓄する自治体が増えた。コロナ禍以降は来客に出す飲み物を変えた職場もあります。従業員が淹れるコーヒーやお茶が、感染防止の観点からペットボトルの水になったのです。 2つ目の理由は価格。水もコーヒーやお茶などと同じく値上がりしていますが、2リットルで100円台前半、通販サイトを使ってケースで買えば1本あたり100円未満で買えます。 3つ目は健康志向の高まり。無糖ブームの到来で缶コーヒーやスポーツドリンクの勢いは衰え、『水を買って飲む』ことを選ぶ人が増えたのです」 ミネラルウォーターの歴史は意外に長い。日本初の家庭用天然水「六甲のおいしい水」が発売されたのは、’83年だった。当時の販売元はハウス食品で、カレーのチェイサーとして開発したことがきっかけとされている。採水地は神戸市灘区。幕末に神戸港が開港された際、外国の船乗りたちが『神戸の水は赤道を越えても腐らない』と絶賛したことから、選ばれたという。1889年に英国人のジョン・クリフォード・ウィルキンソンが、現在も販売される炭酸水「ウィルキンソン」のルーツとなる「仁王印」の炭酸鉱泉を発見したのも六甲山系だった。 「のちに『六甲のおいしい水』の事業権はアサヒ飲料に移り、西日本では『アサヒ おいしい水 天然水 六甲』として販売されています。ただ、近年では当初の採水地が枯渇し、マンションになっているようです。ハウス食品は新しく神戸市西区に六甲工場を建設し、現在ではそこがアサヒ飲料に引き継がれています。そのため、東日本向けには『アサヒ おいしい水 天然水 富士山』が新たなラインナップとして加わっています。アサヒ飲料は『三ツ矢サイダー』など清涼飲料水で、親会社のアサヒはビール製造で水を扱うノウハウを持っているため、安定的にミネラルウォーターを生産できるのです」(フードジャーナリストの長浜淳之介氏) アサヒ飲料は健康ブームに乗り、いち早く「アサヒ おいしい水 天然水 白湯」を’22年に発売。「わざわざお湯を買う人がいるのか?」と思いきや、オフィスワークに従事する若い女性を中心に、爆発的な売れ行きを見せている。 そんな「六甲のおいしい水」の発売から3年後、黒船がやってきた。フランスの「ボルヴィック」(’86年発売)だ。飲料専門家の江沢貴弘氏が話す。 「蛇口をひねればタダで飲める水になぜカネを払うのかと考えていた消費者も、『海外製品だから』と受け入れました。翌’87年には同じくフランスの『エビアン』(伊藤園)が上陸。’93年には専用のホルダーも生まれ、エビアンを首から下げるのがオシャレと考える若者が出てきて、ちょっとしたブームになりました。’93年のJリーグ開幕、’97年のフジロックフェス開始など、屋外のスポーツイベントやフェスなどのお供として定着しました」 ◆黒船、王者、そして新星 ’94年にはアメリカ発の「クリスタルガイザー」を大塚食品が買いつけ、海外産天然水ブームを後押しした。 海外勢に押され気味だったミネラルウォーター業界に、王者・サントリーが進出したのは’91年のことだ。 「サントリーはビールやお茶、コーヒー、ウイスキーなど様々な飲料を展開していますが、その根底には水へのこだわりがあります。コーポレートメッセージは『水と生きる』。この理念に則(のっと)り、同社は水科学研究所を設立したり、『水育』と銘打って次世代環境教育を行うなど、水源確保やブランドイメージ向上のための活動を行っています。 こうした努力が実り、消費者からの信頼を得ることができたのでしょう。現在、サントリーは南アルプス、北アルプス、阿蘇、奥大山で計4つの水源を確保しています。ミネラルウォーターの原料は天然資源ですから、各社が火花を散らす開発競争ではなく、ブランドイメージと安定供給が最も重要なのです」(前出・高井氏) 「サントリー天然水」は’05年頃に「六甲のおいしい水」を抜いて業界首位に躍り出た。以降、その地位を譲ることなく、現在では清涼飲料水全体でも1位に君臨している。 そんな王者に一騎打ちを挑んだのが、’09年にコカ・コーラ社が発売した超新星「い・ろ・は・す」だ。エビアンらが「海外製品」という付加価値で人気を獲得し、国内勢が「六甲」「富士山」などの水源で差別化を図っていたミネラルウォーター業界に、いろはすは新たな価値観を持ち込んだ。 「コカ・コーラのアプローチは、『エコ』でした。わざわざミネラルウォーターを買って飲む人は環境問題への意識が高い層と重なります。彼らに向け、コカ・コーラはCMで12gの軽量ボトルを絞って潰してみせた。『クシャクシャ』と簡単に小さくできるので、視覚、聴覚、触覚全てで『ゴミが少なく、環境に優しい』とわかる。キャップも一般的な青ではなく、エコのイメージカラーである緑を採用し、ラベルはすぐに剥がせる上に通常の半分のサイズ。’10年にはボトルにサトウキビ由来の『プラントボトル』を導入する徹底ぶりで、一気にサントリー天然水に迫る人気商品へと成長したのです」(前出・江沢氏) 実は、軽くて薄いボトルは既に業界に存在していた。クリスタルガイザーなどがその一例だ。しかし、その軽くて薄いパッケージデザインは「安っぽい」印象を持たれていた。それを「エコ」に置き換えてしまうところが、最強との呼び声も高いコカ・コーラのマーケティング力の証と言えるだろう。 発売から40年以上の歴史を持つ元祖か、世界中でシェアを獲得する黒船か、4つの水源を引っ提げた王者か、SDGsの流れに乗る新星か――。 「一番売れる水」を目指す各メーカーの情熱は、これからも枯渇しそうにない。
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