薬害エイズ事件、水俣病…弱い文書行政、被害広げる トロトラストを「薬害」として生かす姿勢が必要
東洋文庫研究員・元信州大教授、久保亨さん ■連載〈埋もれた「薬害」トロトラスト被ばく〉識者に聞く㊥
1980年代に血友病患者に非加熱血液製剤が使用され、エイズウイルス(HIV)に感染した薬害エイズ事件を巡っては、当時の厚生省の責任が厳しく問われた。96年に厚生省内から非加熱製剤の危険性を認識していたことを示す83(昭和58)年の文書ファイルが見つかり、厚生大臣が行政の責任を認めた。もし文書が公開されていれば、89年からの民事裁判は早期に決着していた可能性が高く、被害を広げることもなかった。 水俣病では、チッソの工場排水に含まれていたメチル水銀が原因と政府が公表したのは68年。だが、熊本県水産課(当時)は52年の報告書で、排水を分析し成分を明確にしておくことが望ましいと指摘している。この文書も埋もれてしまい、被害の拡大を食い止められなかった。 【写真】長崎大の原爆後障害医療研究所で保管されているトロトラスト関連の資料
造影剤による悪性腫瘍 海外では1947年に報告
日本で1930~40年代を中心に使われた放射性物質を含む造影剤「トロトラスト」による悪性腫瘍について、海外では47年に報告がされている。重大な情報だったはずだ。日本は戦後の混乱期であったにせよ、厚生省がどんな対応を取ったかということは明らかにされるべきだと思う。 トロトラストが主に旧陸海軍病院で使用された意味は大きい。旧陸海軍病院は戦後各地で国立病院などになった医療機関で、極めて身近な存在だ。被害者は相当数に達していた可能性があるのではないか。厚生省は陸海軍省の業務を継承した官庁。トロトラストを「薬害」として記録し、公開し、教訓として生かしていく姿勢が必要だ。「トロトラストの関連資料はこれです」とすぐに出されてしかるべきだ。
人権と民主主義の保障のため、公文書の保存と公開が不可欠
日本では情報開示と公文書管理の行政が立ち遅れてきた。欧州や米国のみならず、中国や韓国など近隣の東アジア諸国と比べても遜色がある。人権と民主主義を保障するには、公文書の保存と公開が不可欠だ。文書に基づいて自分たちの権利を主張し、議論を進めていかなければならない。ところが、官僚も国民もその自覚が不足し、文書行政が弱いまま今まで来てしまった。