【大学野球】大学野球をやり切った東大・内田開智 息子を応援し続けた父は「練習時間だけは天下一品」
昨秋に結成された大応援団
【10月27日】東京六大学リーグ戦第7週 立大13-5東大(立大2勝) 東大戦になると、同校ベンチサイドのネット裏最前列付近には、おそろいの淡青Tシャツを着用した一団が陣取る。 背中には背番号「5」に「UCHIDA」。東大の四番・三塁を務めた内田開智(4年・開成高)のサポーター集団である。 昨秋に結成された「内田開智さん東大野球部大応援団」。内田の父・佳男さんの知人を通じて、その輪が広がり、メンバーは約20人。Tシャツ以外にもタオル、内田の顔写真が印刷されたうちわをそろえる力の入れようだ。佳男さんが「応援団長」と呼ぶ堀内信一さんをはじめ試合中、東大ナインに大声援を送る。 「皆が応援すれば、力になる」(佳男さん) 『ただ一つ』を歌う1、9回のエール交換、7回の東大攻撃前に『大空と』を歌う際は総立ち。神宮では、ひと際目立つ存在である。 「息子から『照れくさいから止めてくれ!!』と言われたこともありましたが、私たちは変わらず続けていました。開智も次第に応援される喜び、そのパワーに気づいたようです」 佳男さんは東大の選手にリスペクトしている。 「勉強は、やれば、やるほど成果が出る。彼らは厳しい受験勉強で培った努力する姿勢を、野球に置き換えている。ただ、野球は練習しても、必ずしも結果が出るとは限りません。一歩、進めれば、良いほうかもしれません。成果を得られないことも多々あります」
反復練習でつかんだレギュラーの座
開成高から東大で現役合格した内田は、誰もが認めるチーム一の練習の虫。時間があれば、いつもバットを振っている。165センチ70キロ。決して体に恵まれているとは言えないが、スイング量でカバーしてきた。捕手だった頃は、スローイングに悩んだ時期があった。持ち前の打撃を生かすため、三塁にコンバートされ、反復練習でレギュラーの座をつかんだ。 中学時代に在籍した東京神宮シニアでは、控えメンバーだった。父・佳男さんによれば「大学まで続けているのは日体大で主将を務めた南大輔君(花咲徳栄高)と、開智の2人しかいません。ここまでやれたのは、心の強さ。技術としては下手ですが(苦笑)、練習時間だけは天下一品です」と明かした。 内田は最後のカードである立大戦を控え「勝ち点を挙げ、最下位脱出の可能性(慶大が勝ち点1)を残してシーズンを終えたい」と語っていたが、連敗を喫した。2勝10敗、勝ち点0。東大は1998年春から続く54季連続最下位。内田はこの秋、初めて規定打席に到達したものの打率.167(0打点)と、必ずしも納得いく数字を残せなかった。だが、失策ゼロは人一倍汗を流してきた証しである。 「とにかく、やり切ってほしいと願っていました。周囲から温かいご声援をいただき、感謝しかありません。大学卒業後は、本人の好きなことをやってくれれば良いと思います。クラブチームなどで硬式野球を続けるならば、応援しますし、ユニフォームを脱いだとしても、一人の社会人として、そのステージで頑張る姿を応援したいです」(父・佳男さん) 背番号5。いつも笑顔の内田は真摯に取り組む大切さを、後輩たちに、財産として残した。 文=岡本朋祐
週刊ベースボール