ライゾマティクス・真鍋大度が「生成AIの時代」を語る 個展を通して問いかける“アートの価値基準”
すでに次なる創作へ動き出す真鍋大度 『Apple Vision Pro』の長所と短所とは
――少し話題は変わりますが、最近、渋谷慶一郎さんの公演のアフターパーティーにて、Vision Proで『djay』を使ったDJパフォーマンスをされたとお聞きしています。この経験を踏まえて、「空間コンピューティング」が芸術表現や創作活動にどのような可能性をもたらすか、何かお考えがあれば聞かせてください。 真鍋:空間コンピューティング、特にVision Proに関しては、革新的な技術というよりも、既存技術の洗練版という印象です。UI/UXの向上、解像度の向上や遅延の改善により、これまでのプロトタイプ段階から実用的な製品へと進化したと感じています。 Vision Proの最大の強みはApple製品の優れた互換性です。特にMacBookとの高い親和性は、クリエイティブな作業において大きなメリットとなっています。しかし、現段階では芸術表現や創作活動に劇的な変革をもたらすものではなく、むしろ既存の制作・共有プロセスをより効率的に、使いやすくしたツールとして捉えています。空間コンピューティングの真の可能性は、これからやってくるでしょう。 ――では、これまでにない全く新しい体験を生み出すような技術ではないということですか? 真鍋: Vision Proは革新的な要素を含んでいますが、全く新しい体験を生み出すものといよりは、既存の技術を洗練させ統合したものです。指のトラッキングや視線入力などの機能は、これまでも専門的な機器を使えば実現可能でしたが、Vision Proはこれらを単一のデバイスで実現しました。 これは技術的には大きな進歩ですが、主に既存技術の「民主化」であり、AIのような全く新しい体験を生み出す技術とは異なる次元のものです。つまり、Vision Proの空間コンピューティングは、全く新しい体験を生み出すというよりは、既存の体験のクオリティを大幅に向上させるものだと言えます。革新的ではありますが、それは主に既存の体験をより効率的に、高品質に提供するという意味での革新であり、根本的に新しい体験を創出するものかどうかは、現段階ではわからないです。 ――従来の機材を使ったDJとVision Proを使ったDJでは感覚的にどういった違いがあるのでしょうか? 真鍋:Vision ProはDJや音楽制作に新たな可能性をもたらしています。仮想のフェーダーやツマミを使用でき、客席でのDJなど自由度の高いパフォーマンスが可能になりました。特に空間オーディオとの相性が良く、立体音響のミックス作業では直感的な操作が可能となり、より精密な音の制御ができるようになりました。 一方で、従来のDJ手法と比較すると、音に集中して、感覚的に操作することはもちろん出来ませんし、操作精度にも課題があります。長時間のプレイでは目が疲れてくるため誤動作も増えます。そのため、状況に応じて従来の物理的な機材とVision Proを使い分けることが重要です。 Vision Proは従来のDJ手法に完全に取って代わるものではありませんが、10年前と比較すると驚異的な進歩を遂げており、音楽制作やパフォーマンスに新たな可能性を開いています。最適なツールを状況に応じて選択することで、これまでにない音楽体験を創出できる時代が到来していると言えるでしょう。 ――そのような使い方はライブパフォーマンスでもされるのでしょうか? 真鍋:Vision Proをライブパフォーマンスで実験的に使用した経験があります。27chのスピーカー環境で、Vision Proでオブジェクトをコントロールしながらライブを行いましたしかし、コントローラーとしての機能に限界があり、視線操作による疲労から集中できる時間が制限されるなどの課題がありました。 これらの問題に対処するため、現在は物理的なコントローラーも併用し、その操作状態をVision Proで可視化して確認する方法を採用しています。Vision Pro単体での使用には制限がありますが、可視化ツールとしては非常に興味深い可能性を秘めています。従来の機器とVision Proを組み合わせることで、より効果的なパフォーマンスが可能になると考えており、これがVision Proの面白さだと感じています。今後、さらに創造的な使用方法が生み出される可能性があると期待しています。 ――今後、Vision Proを使って取り組みたい創作活動はありますか? 真鍋:Vision Proを活用した新しい創作活動として、最近開発したソフトウェア『PolyNodes』のVision Pro版を計画しています。 このソフトウェアは、従来の2次元の波形表現を3次元の空間ナビゲーションに拡張したもので、新しいサウンドシンセシスとジェネレーティブコンポジションを可能にするというものです。具体的には、音の時間的特性を抽出・分析し、それを3次元空間にマッピングすることで、音を目に見える幾何学的な構造として表現します。 元々、Vision Proが発表されたタイミングで発案したソフトウェアだったのですが、現在このソフトウェアのVision Pro版を開発中で、年内にリリースすることを目標としています。Vision Proの空間認識技術と組み合わせることで、より直感的で没入感のある音楽制作環境を実現できると期待しています。
文・取材=Jun Fukunaga、写真=林直幸