読売主筆・渡辺恒雄氏が現役政治記者時代に見た「最も悲劇的な光景」〈薄暗くなったホテルの一室で老人が、顔をくしゃくしゃにして泣いていた…〉《『自民党と派閥』緊急復刊》
---------- 読売新聞グループ本社代表取締役主筆である渡辺恒雄氏が1967年4月に刊行した『派閥と多党化時代―政治の密室 増補新版』が、4月26日に『自民党と派閥 政治の密室 増補最新版』として緊急復刊する。当時、30代後半から40代初めの政治記者で、幅広く政界を取材していた渡辺氏の分析は、「政治とカネ」や「派閥」が大きな問題となっている現代にも通用するものが少なくない。復刊した本書の内容の一部を特別公開する。 ---------- 【一覧】「次の首相になってほしい政治家」ランキング…上位に入った「意外な議員」
自民党を出て「新党を作ってはどうか」
それは、十余年の私の政治記者生活の中で見た政治家についての最も悲劇的な光景のひとつであった。 薄暗くなったホテルの一室で老人が、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。狭い部屋のサイドテーブルは、煙草の吹殻が灰皿から乱雑にこぼれ落ち、おびただしい数の人間が、ちょっと前までその部屋を出入りしていたことを示していた。 「何故おりたんですか?」 昨日までの活気に満ちたこの部屋の空気と、老人の闘志に満ちた顔つきが、まだ忘れられなかった私は、二人きりで対座した時まったく馬鹿げた、しろうとじみた質問を、思わず口に出した。 「悪いヤツは、××だよ。すっかりだまされたんだよ……」 と、老人は、ある老練な政治家の名前を吐き出すように言って、目をこすり、鼻をかんだ。 昨日までの戦意は、それまで“虎のような”と言われたその顔の、どこにも探し出すことはできなかった。打ちひしがれ、悔恨と落胆で、その特徴のある白い眉、大きな目、赤みがかった鼻のどこにも、昨日までの威厳は見当らなかった。敗者の悲惨以外には、何も感じとることのできない姿だった。 私はこの時、「自民党を脱党し、“党人派”で新党を作ってはどうか」とたずねた。彼は「私は本当は新党を作りたい。私自身は総裁にならなくたってよい。だが、新党を作るには、十億はカネがいる。私にはそんなカネは到底作れないよ」と絶望的な表情で答えた。 やがて、この老政治家は、ふと思い出したように受話器をとって、ダイヤルを廻し、自宅で待つ老妻を呼び出した。