人工皮革「キノコレザー」に大きな期待、手触りは「ベルベッド」 ベンチャー企業も続々
キノコの「菌糸体」が皮革の代わりに、より倫理的で持続可能か
現代のルーマニアには、数百年の歴史をもつといわれる技術を細々と守り続けている職人たちがいる。彼らは森に行き、ツリガネタケの仲間を探す。このキノコは、樹木の内部で育ち、幅数センチの棚状の傘を幹につける。この傘を鎌で刈り取り、薄く削って細長い切れ端にし、それを木槌でたたいて、幅広いフェルト状のシートに引き伸ばす。これをアマドゥ(暖皮)といい、帽子やバッグ、アクセサリーや装飾品を作る。 ギャラリー:悪魔の指!流血する歯!見た目がホラーなキノコなど6選 また古くは1903年に、今の米国アラスカ州の先住民トリンギットの職人が頑丈なマットのような素材で袋を作っていたという記録が残っている。2021年に学術誌に掲載された論文によると、この「マット」は北米の太平洋岸北西部の原生林に生息するエブリコという頑丈なキノコで作られていたと考えられる。しかし、この場合も人工的な大量栽培ではなく、森で採取した材料を加工していた。 今では、バイオ技術企業のマイコワークスが米国サウスカロライナ州の1.3ヘクタールの施設で他社に先駆けて、より制御しやすく拡張性の高い栽培法を試みている。ほの暗い赤い照明の下、巨大なロボットアームが動き回り、縦に何段も配置された金属のトレーを一枚ずつ引き抜く。クリーンスーツを着た数人の技術者たちが懐中電灯を手に、アームが差し出したトレーの中身を詳しく調べる。 トレーの上では菌糸体が形成されている。菌糸体とは、菌類が土壌中に張りめぐらす菌糸が寄り集まったものだ。菌糸体の構造は丈夫だが、同時にしなやかでもあり、非常に優れた皮革の代替素材になりうる。これまでの試みを見る限り、動物の革を使う従来型の大規模な皮革産業に比べ、より倫理的で、持続可能な素材の提供が可能になりそうだ。 この分野の技術革新には大きな期待が寄せられ、マイコワークスのほかにも次々にベンチャー企業が誕生。各社とも、菌糸体の研究を進めて、ファッションとデザインの新たな可能性を切り開こうとしのぎを削っている。マイコワークスが今製造している素材は、マンネンタケの別名にちなんで「レイシ」と呼ばれている。 素朴な技術を利用し、エネルギー消費を抑えたレイシの製造工程をマイコワークスの共同創業者フィル・ロスが説明してくれた。まず、おがくずや穀物の外皮など農業廃棄物を用意するところから始まる。廃棄物は殺菌してから、大小さまざまなトレーに入れる。含まれる微生物が菌類の生育を妨げかねないからだ。そこにマンネンタケの菌糸を入れると、廃棄物に含まれる栄養分を吸収して、どんどん菌糸を伸ばす。時には、複合素材を作るために、土台となる布地を皿に置き、その周りに菌糸が張りめぐらされるようにする。 菌糸体のシートができたところで、廃棄物からはがし取れば、菌糸の成長は止まる。その後に皮革製造のような「なめし工程」を経ると、シートは従来の皮革と簡単には見分けのつかない素材になり、それを使ってバッグや帽子などが作られる。 マイコワークスのマット・スカリンCEO(最高経営責任者)は「ちょっとベルベットのような手触りですよ」と話す。「弾力性があり、触ると、指の皮脂やぬくもりを吸収するんです」 ※ナショナル ジオグラフィック日本版4月号特集「菌類の神秘の世界」より抜粋。
文=ギリ・ネイサン(ライター)