「警察も信じられない、いっそ署の前でガソリンをかぶってやろうか」…「地面師事件」被害者を絶望させた警察の”奇行”
消息を絶った北田
泡を喰ったのは、もう一人の内田だった。たまたま留守にしていた自宅で、夫人が捜査員に応対した。夫人は隙を見て夫に連絡したようだ。 「北田と連絡が取れないんだ。どこにいるか、知らないか?」 夫人から自らの家宅捜索を知らされた内田は焦り、心当たりのあるところへ片っ端からそう電話をかけた。それが瞬く間に広がり、町田署が手掛ける事件にも内田がかかわっているのか、という噂が広まった。そして保釈中の内田はそこから行方をくらました。 世田谷の事件は、世田谷区中町にある元NTT寮の売買から始まっている。発生場所と詐欺の犯行現場が町田市だったことから、地面師のあいだでは「町田事件」とも呼ばれるが、本書では「世田谷事件」に統一する。ここでも内田と北田のコンビが暗躍した。 警視庁の本格捜査が始まったこのとき、内田と北田との連絡が途絶えたのは無理もない。内田が夫人から連絡を受けたときには、すでに町田署に北田をはじめとする4人の犯行グループが勾留されていた。正式な勾留請求は12月4日だったが、事前に身柄を押さえられていたのである。本来、被疑者を逮捕すれば記者発表する。が、警視庁は事件をすぐに公表しなかった。そこには慎重にならざるをえない理由もあった。
「焼身自殺しようかと思った」
「騙されてから2年半、ようやくここまでたどり着いた。この間、警察も信じられなくなり、いっそのこと、町田署の前でガソリンをかぶって焼身自殺をしようかと思ったくらいでした。本当に長かった」 北田たちが逮捕されてほどなく、被害者である不動産業者、津波幸次郎(仮名)に会うことができた。詐欺に遭った当人は、そう本音を漏らした。 事件が動き出したのは、発生から2年ほど経過した17年の春だ。それまで捜査は行きつ戻りつ、紆余曲折があった。 捜査2課が実行犯グループの親玉と睨んだのが、北田文明であり、北田とともに犯行を練ったのが、内田だった。すでに不動産業界で名前の売れている北田は、本名の北田文明ではなく、北田明、あるいは北川明と名乗って事件に登場している。またここには、アパ事件で逮捕された元司法書士の亀野裕之も登場する。被害額は5億円。かなりの大事件だ。 世田谷事件には、内田や北田、亀野という地面師事件の常連が顔を出す。それだけに手口の共通点もある。が、その一方で事件からは新たな捜査上の問題も浮かび上がってきた。捜査のやり方が、地面師たちをはびこらせている要因の一つになっており、これも地面師事件の特徴の一つといえる。 『「免許証も、印鑑も、地主に関する何もかもが『本物』!なのに」…絶対に見抜けない新手法!「世田谷5億円詐取事件」の真相に迫る』へ続く
森 功(ジャーナリスト)
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