「どうあがいても長谷部誠にはなれない」――ロシアで知らしめた存在価値 ”稀代の主将”は日本代表にとってどんな男だったのか【コラム】
ブラジルW杯では、大会前に、「うまくいくこともあるし、うまくいかない時もあるけど、お互いを信じあって監督、スタッフを信頼してやっていこう」と選手に話をした。チームメイトやスタッフに対するリスペクトが感じられる言葉だが、それはチームを引っ張る立場の選手には欠かせない特性でもある。 ドイツ大会で生じた不協和音を封じて一枚岩になって戦った南アフリカ大会の成功体験を踏まえて、大会を勝ち抜くために必要な「一体感」を生むためには、お互いのリスペクトから始まることを長谷部は理解しており、その重要性を改めて選手に伝えたのだ。 ブラジルW杯は若いロンドン五輪世代の選手も多くおり、試合に絡めない選手も多数いた。だが、彼らが悔しさを噛みしめながらもチームをサポートする姿勢を見せていたのは、彼らの高い意識と同時に長谷部のリスペクトの精神と同じ方向を向いて戦うという姿勢にブレがなかったからだ。 長谷部という存在が日本代表にとって、そして、キャプテンとして存在感がどれほど大きいのかを知らしめたのは、ロシアW杯でベルギーに敗れて、長谷部が代表引退を決めた時だった。それまで7年間、一緒にプレーしてきた吉田が涙を流し、「あれほどチームのことを考えてプレーできる選手は少ない。彼の姿勢から学ぶことはたくさんあった。どうあがいても僕は長谷部誠にはなれない」と語ったが、それがまさに長谷部を語る言葉だったといえる。 吉田は長谷部からキャプテンを引き継ぐことになるが、特別な言葉掛けはなく、「麻也ならやれるでしょ」と一言だったという。あれこれくどくど言わず、必要だと思うこと以外は特に話をしない。ブラジルW杯の時、再三選手ミーティングを開くかどうかメディアに聞かれていたが、「それが必要だと思うタイミングじゃないとやらない。ただやるだけでは凶になることもあるんで」と語った。長谷部は、判断の基準が明確で、本当にメリハリの利いたキャプテンだったと言える。 吉田は、長谷部から学んだことを継承し、カタールW杯でスペインやドイツを破るなど、チームをベスト16進出に導いた。そして今、長谷部、吉田と紡いだものが現代表のキャプテンの遠藤航へと受け継がれている。長谷部と遠藤のキャプテンとしてのスタイルがどこか重なるように見えるのは、決して偶然ではないのだ。 [文:佐藤俊]