ステージ4の肺がんで余命宣告を受けるも奇跡的な回復、小倉一郎「今日生きている、それ以上望まない」
一時は死をも覚悟したが、やれるだけのことはやろうと心を決めた。ただし一つ問題もあった。 「がんはお金がかかる病気だと聞いていたけど、本当にそうなんですよね」 と小倉さん。がん治療にかかる費用は高額で、遺伝子検査、PET、MRI、CT検査、採血、エックス線検査と、数千~10万円近くが毎週のように飛んでいく。さらに検査が進むと、脳への転移が見つかった。亡き従兄弟の場合もそうだが、肺がんは脳に転移する例が多い。 「脳転移に照射する最先端の放射線治療“サイバーナイフ”が自由診療だと64万円もかかるんです。がん宣告後、要介護1の認定をもらい、医療費負担が2割になったのでかなり助かりはしましたけど」 2割に減ったとはいえ、高額には変わりない。がん保険は未加入で、一時金や給付金は得られない。数年来続いていたコロナ禍のダメージもきいていた。妻はパートで働き、子どもたちは見舞金を渡しそんな彼を懸命に支えた。 「“サイバーナイフ”を照射した翌月、結果を聞きに行ったら、脳のがんは消えてますねって言われたんです。一度照射しただけでですよ。モニターを見たら、10円玉大のがんがあったところが点々になっていた。それはがん細胞が死んだ状態なのだそうです」 続いて化学療法をスタート。抗がん剤「カルボプラチン」「ペメトレキセド」と免疫療法「ペムブロリズマブ」を組み合わせ、点滴で投与している。幸いにも脱毛や吐き気といった副作用はなく、さらにうれしい結果が。 「化学療法をした4日後、病院でレントゲンを見せてもらったら、右の肺のがんが小さくなっていたんです。トイレに駆け込んで泣きました。子どもたちに“お父さんのがん、小さくなった!”とメールして。信じられない思いでした」
最新医療は高額だがその効果は絶大
着実にがんは減り続け、同時にあれだけ悩まされていた激しい痛みも消えていく。体重も一時は55kgから44kgまで落ちたものの、現在は51kgまで戻している。 「治るんだと思ったら、頑張って食べなきゃと思って。最近料理を始めました。やってみると楽しいんですよね。子どもたちにも好評です(笑)」 体力も順調に回復し、昨年末には闘病記『がん「ステージ4」から生まれ変わって いのちの歳時記』を出版。この春には俳優業にも本格復帰。NHK BSで5月放送予定のドラマで伊東四朗と共演し、主要キャストを務めた。久々の撮影にベテラン俳優も緊張を隠せなかったよう。 「きちんとセリフを覚えて行ったのに、“なんだっけ、なんだっけ”と出てこない。若い女優さんに、『小倉さんでも緊張するんですね』って言われちゃいました(笑)。だけどドラマというのは集団作業でやはり楽しいもの。あの現場に帰ってこられてよかったなと思いましたね」 ステージ4のがんを克服し、日常を取り戻した今、改めて夢に取り組んでいると話す。 「まず俳句結社をつくり、芸名を「小倉蒼蛙」に改名しました。あと映画も撮りたい。30年間温めている企画があって、その監督をしたいと思っています。やれることはもうどんどん早めにやろうと思っていて。というのも、僕としては、再発はあると思ってるから」 がんで怖いのがやはり再発だ。現在も月に一度の定期検査と維持療法が続く。 「覚悟はできています。ただまた再発したとしても、やれるだけのことはやるつもり。支えてくれる人たちのためにも、ちょっとはジタバタしなきゃと思っているんです」 小倉さんが行ったがん治療 【カルボプラチン】貴金属のプラチナを含む金属化合物の抗がん剤。がん細胞内に取り込まれると遺伝子本体であるDNAと結びついて合成を阻害し、がん細胞の分裂を止め、やがて死滅させる。 【ペメトレキセド】細胞のDNA合成に不可欠なビタミンの一種・葉酸によく似た抗がん剤。投与すると葉酸と間違ってがん細胞に取り込まれるが、あくまでも偽物のためDNAは合成不可能に。結果、がん細胞はうまく分裂出来なくなり死滅に追い込まれる。 【ペムブロリズマブ】がん細胞から免疫の一員・T細胞に発信される「攻撃中止の信号」を遮断する、免疫チェックポイント阻害薬。投与されることでがん細胞によってブレーキがかけられていたT細胞が再び活性化。がん細胞を撃退する。 【サイバーナイフ】放射線治療の一種。位置補正の精度が高く、正常な細胞を傷つけることなく転移部分だけを狙い撃ちする。 出典:『がん「ステージ4」から生まれ変わって いのちの歳時記』(双葉社)小倉一郎著 小倉一郎(蒼蛙)さん/1951年東京生まれ。'64年、映画『敗れざるもの』で本格デビュー。以来ドラマや映画に多数出演。結社「あおがえるの会」を主宰する俳人の顔も持つ。 取材・文/小野寺悦子