タカラジェンヌも愛した、街のとんかつ店の「かつサンド」/パン粉の付け方も知らない大手企業が買収、従業員の不安をどう払しょく~井筒まい泉前編
■サントリーは、ブランドを評価した
サントリーが買収を決めた理由は2つありました。 岡本氏は「1つはやはりブランドです。 これだけのブランドを築いたということは、この会社にはそれだけのポテンシャルがある。 もう1つは、まい泉が加工食品工場を持っていたこと。 サントリーの持っていない加工食品の工場が入ってくれば、外食事業部として、他の外食の会社に新しい商品を作って卸すことも可能かなと思ったんですね」と振り返ります。 2008年1月に買収が成立し、岡本氏が社長に就任。 「パートさんたちの、まい泉が好きだという気持ちが伝わってくるんですよ。だから、この人たちとなら一緒にやっていこうか、という気持ちになりました」。
■一人一人と直接面談し不安を払拭
岡本氏は社長就任後、社員との面接に取りかかりました。 店長以上の80人あまりと、一人一人面談したのです。 「面接には2つ意味があって、1つは、不安を持っている社員の気持ちを聞いてあげること。それと、この会社をこうしていきたいんだけど、一緒にやってくれる?という私の気持ちを直接伝えたかったんです」 経営陣からいきなり買収と言われて、家族を持つ社員は特に「これからの人生はどうなるんだろう」と不安を抱えているもの。 岡本氏は不安をまず取り除こうと考えました。 「今回の話は サントリーにとっても全く別の世界でしたから。加工食品工場のことも、とんかつのパン粉のつけ方も分からないわけです。そういう時にブランドを維持していくためにどうするかといえば、やっぱり頼るのは社員しかいないですよね」。 まずは社員の信頼を得ることが必要だという岡本氏の判断でした。
■カリスマ創業者ゆえの「歪み」是正へ
面接を重ねていく中で、岡本氏には見えてきたものがありました。 創業者の小出氏が強烈なカリスマ的存在であったため、社内にはびこっていた「歪み」です。 小出千代子さんというオーナーの言うことは絶対であり、オーナーの顔色さえうかがっていればいい、お客さんの顔よりも小出氏の顔を見ていればお給料がもらえる-。 そんな空気が社内にはあったと、当時の店長や料理長は語ります。 かつてのまい泉は、商品の味だけでなく、売上や人事など全てを小出氏が握り、社員は言われたことをこなすだけでした。 いわば「家業」の延長です。経営を引き継いだ岡本氏は、まい泉を「企業」として生まれ変わらせるべく、さまざまな改革に乗り出したのです。 (2022年12月に取材した内容です。)
■井筒まい泉
とんかつやカツサンドのブランド「とんかつまい泉」を展開する。1965年に東京・日比谷に1号店が開店し、2008年にサントリーグループに入る。2023年4月現在、直営レストラン13店舗のほか、百貨店や駅構内に64店舗を持つ。タイやフィリピン、台湾にもレストランがある。売上高は116億円(2022年度)、従業員数は342名(2023年3月現在)。