人事官・伊藤かつら氏に聞く「挑戦」と「ロールモデル」
自分の「経験」が挑戦の礎になる
──それぞれの挑戦に際して「ロールモデル」のような人はいらしたのでしょうか? 世代的に、周りに管理職をしている女性はいなかったです。特に同世代では……。ですが、人事の世界でよく言う「サポーター」の存在は大きかったです。 私を管理職にしてくださった当時のマネジャーは、私のことを評価してくださっていて、直属を離れた後も、目に見えないところでさまざまなご支援をいただきました。それと、私がマイクロソフトの役員になったとき、樋口泰行さん(現パナソニック コネクト社長)が社長でいらっしゃったんですね。 毎週の役員会議にしても、私は最初の頃、テーブルの端っこで小さくなって「何を喋っていいのかわからない」状態だった。ですが、どんなことでも私が一言何か喋ると、樋口さんは必ず私の方を見てくださって、目を合わせてうなずくとか、何かご発言なさるとか、要は「私はあなたが言うことを聞いてますよ」という態度を示してくださるわけです。 人事の世界では「マイクロ・アファメーション(小さな承認行動)」と言うのですが、それにあたる行動を取っていただいて、びくびくしていた役員会議でだんだん自信を持って発言できるようになりました。いまでも本当にありがたかったと思っています。気が付けば自分もその立場になっているので、いまでは意図的に人の応援をするようにしています。 人事官を引き受けるときは、打診があってから誰かに相談するわけにはいきませんので葛藤しました。たまたま前職での最後の仕事が、おそらく日本で最初の「チーフ・ラーニング・オフィサー(CLO)」というポジションで、3年近く、日本のさまざまな組織のデジタル人材育成に携わっていました。 その業務上、社内でのリスキリングをどう進めるかとか、さらには組織改革といった話になってくるんです。それと同時に、マイクロソフトもクラウドとAIの事業シフトに向けて、全社改革の真っ只中、そこでもリーダーシップ開発や組織改革に最前線で携わってきましたので、もしかしたら、自分のその知見を活かせるのかなと考えました。 当時、私が思っていたことは、人には無限の可能性があって、その可能性を解き放つことで人はより良いパフォーマンスや、より大きなインパクトを出すことができる。そして同時に、その方の人生もより幸せになるということ。でも、その点についてはまだ日本は未熟だなとも感じていて、逆にいうと、チャンスだなとも思っていました。そんななかで、私の経験が多少なりとも国の役に立つのであれば、と考えました。 ──「マイクロ・アファメーション」についてお話になりましたが、ご自身がロールモデルになる側に立つようになって、具体的に意識されていることはありますか? ロールモデルになるために意図的にしているわけではないのですが、たとえば会議などでも、会議自体をできるだけ明るい雰囲気にするのは非常に大事だと思っています。 あとは、「こまめに褒める」ことも意識しています。「文章、わかりやすいですね」とか「資料がすごくよくまとまっていますね」とか、小さなことですが、こういったことをこまめに言うようにしています。 過去に何かの論文で、マネジャーがポジティブかどうかで、チームのパフォーマンスに大幅な違いが出るというものを目にしましたが、経験上、さまざまな組織でいろいろなリーダーを見ていて、これはあながち嘘じゃないなと思っています。 もともと私自身、生まれながらすごくポジティブだと思うんですが、それでも、意図してポジティブになることで、皆さんが働きやすくなったり、新しいアイデアが出てくるようになったり、組織の心理的安全性ができたりするのであれば、良いことですよね。 リーダーがポジティブでいるってとてもシンプルで簡単なことです。仕事ではそれより難しいことはたくさんある。だったら、自分ですぐに実践できることはまずやろう、という精神です。特に、厳しい問題に直面したときや、何らかの非常事態になったとき、リーダーがポジティブでいられるかどうかは、大事なことだと思います。
COURRiER Japon