「面白いので獅童さんにそのまま演じてくださいと」宮藤官九郎のシネマ歌舞伎『唐茄子屋 不思議国之若旦那』
江戸と自分をスムーズに繋ぐのが“落語”だった
――まるですべてのキャラクターが当て書きされたようでした。ベースになっているのは落語の「唐茄子屋政談」ですが、最初から落語を題材にしようと思われていたのですか? 僕はこの年齢のわりには歌舞伎を観ているほうだと思うのですが、とはいえ、そんなに深く学んでいるわけではありません。そこで、江戸を舞台にしたものを作ろうと思ったときに、自分の中で一番スムーズに変換できるのが、やはり“落語”だったんです。 主人公はどんな人間がいいかなと考えると、やっぱり落語の中の若旦那とか与太郎といったタイプが、僕の気持ち的にも一番乗れる。これだったら、そんなに勉強も要らないだろうし、と(笑)。僕が色々と試行錯誤しながら歌舞伎に関わるのはこれで4作目なのですが、落語で勘九郎くんにやってもらうなら若旦那の役、それも「唐茄子屋政談」の若旦那がいいなと思いました。 ――勘九郎さん=若旦那、という図式はずっと宮藤さんの頭にあったのでしょうか? 以前、『人情噺 文七元結』で勘九郎くんが手代文七の役をやっていたのを観たんです。それですごくいいなと思ったという経緯があり、「唐茄子屋政談」の若旦那をベースにしようと思いました。 でも、それをそのままやったのでは面白くないので、「不思議の国のアリス」の要素を入れようかなと。大きくなったり小さくなったりするところを取り入れれば、息子さん二人も出演できそうなので、どうですかと投げたら、それに乗ってもらえました。すごく良かったと思っています。ただ、この先はもう少し“歌舞伎”らしいものもやりたいですね。 ――具体的には、どういった演目を頭に描いていらっしゃるのですか? 人がいっぱい死んじゃうようなのがいいですね(笑)。例えば、『女殺油地獄』みたいな悲惨なお話とか、歌舞伎らしくていいんじゃないかと思います。
勘九郎さんも七之助さんも、何でもできちゃう
――昨年、実際に浅草で平成中村座の興行の際に受けられたインタビューを拝読しました。「今回は歌舞伎にもっと色々と委ねてみようかなと思った部分があった」と話されていましたが、実際に“歌舞伎に委ねた”ポイントはどこですか? これまでは衣裳と音楽は、僕がやり馴れている、信頼のおけるスタッフにお願いしてきました。それは、歌舞伎の世界の方から見たら新鮮だったと思うのですが、僕からすると、ギリギリでお願いした小道具や衣裳、鬘などがすぐに用意してもらえたり、あらゆる面で柔軟に対応してくださったので「これなら、もっとお任せしてもよかったな」と思い、今回は衣裳と音楽に関しては従来の歌舞伎のスタッフにお願いしました。 もうひとつ、“平成中村座”という場所でやることが決まっていたので新しいことができるかもと思い、美術に関してはいつもご一緒している桑島十和子さんにお願いしました。 歌舞伎に挑むとき、自分が持っていくものが少しずつ減っているんです。初めてのときは怖くて色々と用意していきましたが、この先、またやらせていただくことがあればそのとき「さらにもっと減らしてもいいかな」と思っていますね。 ――演出家としての宮藤さんからご覧になった、俳優としての勘九郎さんと(中村)七之助さんはどのような方でしょう? この機会に、おっしゃりたいことはありますか? いや、もう何も言うことないです、本当に(笑)。特に七之助くんは僕がもっと勉強していれば、もっとすごいことを要求できるのにって、毎回思います。勉強っていうか、演出家としてもっと違うステージに僕がいれば、もっと新しいことを思いつくだろうし、もっとすごいことをやれるのにって。 僕にあまりにも語彙がないから、七之助くんイライラしてるんじゃないかなって思うくらい、何でもできちゃうんですよ。 ――それはすごいですね! 具体的に印象に残っているシーンなどはありますか? 最初の長屋の場面なんかがそうなんですけど、せっかく台本を書いても、「こうやってほしい」とこちらが思っていることに対して、いきなり正解を出してきちゃう。そうか、もうできちゃうのかって思ったあとは、「最後まで飽きないでくれ」と願うばかりでした(笑)。 勘九郎くんに関しては、今回はとにかくたくさん出ていますから、それゆえに大変なこともたくさんありましたし、僕も色々注文を出しましたね。でも、例えば【吉原の花魁・桜坂の登場シーン】なんか、場当たりでポンポンと動いて全部お芝居ができちゃうんです。周りの方も、全員がそう。そうすると、こっちが追い付かない。 ――今まで数多の俳優さんを演出されてきた宮藤さんでも、そんなふうに思われるんですね。 だから歌舞伎俳優の方は稽古の日数が少なくて済むのだな、と毎度思います。僕が不安だから、もっと稽古をしたいと思うんですが。 もしも勘九郎くんと七之助くんが現代劇で、うちの芝居(大人計画)に出るとか、僕が違うところで演出していて、そこに俳優としてきたときには、もっと二人を演出できる気がするんですが……。歌舞伎のフィールドだと、何だかあまりにも対等じゃなくて(笑)。それが面白いんですけどね。 ――後篇では宮藤さんが『タイガー&ドラゴン』や『いだてん~東京オリムピック噺~』などでも題材として扱い、ご本人が「大好き」だとおっしゃる“落語”、そしてシネマ歌舞伎の楽しみ方について、さらに深掘りしてお話を伺っています! 宮藤官九郎(くどう・かんくろう) 1970年7月19日生まれ、宮城県出身。1991年より大人計画に参加。脚本家として、2001年に映画『GO』で第25回日本アカデミー賞最優秀脚本賞ほか多数の脚本賞を受賞。以降もテレビドラマ『木更津キャッツアイ』『あまちゃん』『いだてん~東京オリムピック噺~』など話題作の脚本を手掛ける他、監督、俳優としても幅広く活動。脚本を担当するドラマ『不適切にもほどがある! 』が24年1月に放送スタート。これまでに『大江戸りびんぐでっど』(作・演出/09年歌舞伎座)をはじめ、渋谷・コクーン歌舞伎『天日坊』(脚本/12年、22年)、六本木歌舞伎『地球投五郎宇宙荒事』(脚本/15年)などの歌舞伎作品を手掛けてきた。第4作となる今作で、初めて平成中村座で新作歌舞伎の作・演出に挑戦した。
前田美保