back number、ドラマ『海のはじまり』主題歌の新曲「新しい恋人達に」から見る、物語への寄り添い方
フジテレビ系月9ドラマ『海のはじまり』の主題歌としてback numberが「新しい恋人達に」を書き下ろした。
このドラマは2022年に大ヒットしたドラマ『silent』の脚本家である生方美久と風間太樹監督、そして村瀬健プロデューサーによるチームが集結して制作され、目黒蓮が主演をつとめる親子の物語ということで、始まる前から注目を集めていた。しかし初回が放送されると、冒頭から妊娠中絶の書類に泣きながら署名している若い恋人たちの姿が緊迫感をもって映し出され、思った以上にシリアスで重みのある設定に面食らった視聴者も多かったことだろう。8年後、元恋人の葬式で自分に子供がいたことを知った主人公の月岡夏(目黒蓮)、夏に黙って子供を生んで育てながら亡くなってしまった南雲水季(古川琴音)、その子供や、夏の現在の彼女、そして彼らの周りの家族を取り巻く想いがまざまざと描かれていく。要するに、ただの綺麗事では語れないような、一筋縄ではいかない親子の愛がテーマ。ドラマ『海のはじまり』には、父親になるとは、母親になるとは、その役割を背負って生きていくとはどういうことかを問いかけるような重みがある。そこには子供の命というものが懸かっているからだ。 そんなドラマの主題歌に挑んだback numberだが、清水依与吏は「いつも『誰にも言うべきじゃない』と閉じ込めている本当の言葉たちを登場する一人ひとりに引き出され、恥ずかしいくらい混じり気のない『自分』という名の一色で書ききった」とコメントしていて、以前、清水が歌詞について語ってくれた言葉を思い出していた。 筆者が昨年のアルバム『ユーモア』時に取材させてもらった時、清水に「水平線」の〈歓声と拍手の中に/誰かの悲鳴が隠れている〉という視点が素晴らしいと伝えると彼はこんなことを語った。「よくあんな素敵な歌詞を書けますねって褒めてもらうことがあるんですけど、それは確実に出会ってきた人のおかげなんです。彼らの優しさや素敵さや口癖や面白さが歌詞に出ているだけなので。こういうのは和也や寿が嫌がるなとか、そういうことを考えるだけでも音楽って変わっていくし。本当に周りの環境で今の俺が作られていると思うから、それは誇りに思っています」 つまり、歌詞に書いているのは自分だけの発想や視点ではなく、周りにいる人たちへの憧れや、その上で〈こうありたい〉という自分に対する理想も含めているのだと。 しかし今回はそうした手法とは異なり、「『自分』という名の一色で書ききった」というのは、さすがだなと思った。このドラマの主題歌にふさわしい楽曲は、一般的に誰もがイメージしうるような温かな親子愛を描くようなものではない。玄関を開けて中に入った時に目にする、物で溢れた部屋や惣菜のパックが並んだ食卓といった映像と同質の、極めて生々しくて誰かにわざわざ見せたりしないような、パーソナルな感情を露わにして向き合わないと、この物語に寄り添うことなどできなかったのだろう。「新しい恋人達に」はドラマの登場人物たちが見せる溢れ出す感情に触発されて、純度100%の人間・清水依与吏が言葉を紡いでいることが感じ取れる。 〈父性〉がテーマだったというこの曲を、父としてあるべき姿とか、理想とか、そんなものをかなぐり捨てて、綺麗事ではなく情けなさも後悔も全部さらけだす覚悟で生み出したんだろう。海と空の境界線を照らす光のように静かに響くイントロに、まるで独白のようにずっしりとした歌声が導かれていくが、〈指先で雲をなぞって〉という切実なサビのフレーズが何とも秀逸で、耳に残る。指先で雲をなぞるという、儚さや曖昧さをはらんだその仕草を、この曲の主人公が眩しそうに見つめている様子が目に浮かぶようだ。清水依与吏が自分自身という人間のありさまをトレースしながらーーそれは例えば、ドームツアーも成功させるトップアーティストとして活躍し続ける今もなお、この曲で〈似合ってなんかいなくて/なにもかも足りないのに/投げ出し方も分かんなくて/ここにいる〉なんて綴る彼らしい自信のなさや拭いきれない弱さのことでもあるのだがーーこの年齢になって感じていることも含めて正直な想いを歌詞にしたからこそ、大人も子供も、いろんな層のいろんな立場の人たちに鋭くも優しく刺さる1曲になったんだと思う。聴いていると、取り繕うことのない愛だけが伝わってくる。 なりたかった大人とか、理想の父親とか、理想の母親とか、理想の家族とか、そんなものになれているという感覚を持っている人のほうが本当は少ないんじゃないかと思ったりする。SNSにアップした家族写真で楽しそうに笑い合っていたとしても、内心では不完全な自分自身や忘れてしまいたい後悔を抱えながら、それでも誰かを守りたいと必死にもがいていたりするんだろう。ドラマ『海のはじまり』は今後、それぞれの覚悟で大切な人を守ろうとする人たちの感情が交差していく展開が予想される。過去の出来事から母親になろうと決意した夏の恋人役の有村架純をはじめ、ひとつひとつの繊細な演技で大きな説得力をもたらしている役者陣が素晴らしく(特に子役の泉谷星奈ちゃんの愛くるしさよ!)、登場人物を見守り応援するような気持ちで夢中になっている視聴者も多いはず。彼らがどんなふうに家族としての愛や自分の人生を見出していくのかが見どころであり、そんなシーンの数々にback numberの主題歌「新しい恋人達へ」はさりげなく寄り添いながら大きな相乗効果を見せてくれるだろう。この曲のラストに描かれているのは、弱さをさらけ出した者が切実なる願いを込めて放った一筋の光なのだから。
上野三樹