「日本人は非論理的」の通念を覆す? 『論理的思考とは何か』担当編集者に聞く、異例のヒットの背景
渡邉雅子氏による新書『論理的思考とは何か』(岩波新書)が10月18日の発売前から増刷を重ね、約1ヶ月で5刷38,000部を突破。Amazon売れ筋ランキングの論理学・現象学カテゴリで1位を獲得するなど、新書としては異例のヒット作となっている。一見すると硬い内容に思える本書が多くの読者に求められた理由とはなにか。担当編集者である島村典行氏に伺った。 【写真】圧巻! 1938年の創刊から刊行されたすべての新書が収められている岩波書店の書庫 ▪️『論理的思考とは何か』がブレイクしたきっかけ 著者の渡邉氏は、名古屋大学大学院の教育発達科学研究科にて教授を務めており、論理的思考に関する研究の成果は、かねてより注目を集めていたという。 「論理的思考を鍛える作文の訓練が実は世界共通ではないし、目的によって違う叙述スタイルをとる必要があるという、著者の渡邉さんの研究成果は実は教育関係者、歴史家をはじめ以前から注目されていました。実際に、彼女の学術書2冊『「論理的思考」の社会的構築』『「論理的思考」の文化的基盤』は5,000円近くするものの、異例の増刷を重ねてきたんです。おそらく、彼女の学術書を買うのはハードルが高いが、新書一冊で読めるなら読みたいという人たちが相当数いたので、異例の発売前重版となりました。 刊行のタイミングも、大注目されている言語心理学者の今井むつみさんによる新著『学力喪失』(9月刊)に続く形となり、以前から渡邉さんのお仕事に注目していたPodcast番組、YouTube番組の『ゆる言語学ラジオ』が発売前後で推してくれたこともブレイクのきっかけだと思います」(島村氏) 他にも『論理的思考とは何か』が、これまでの類書と異なる点として「入門的な本」であることが挙げられるという。 「論文の書き方やクリティカル・シンキングなど、“論理的思考もの”の書籍はたくさんありますが、エッセイならエッセイ、アブダクションならアブダクションと、個別具体の実践を説くものが多かったのです。つまり、論理的思考の方法(種類)と目的を体系的に整理して思考法の使い分けを説く、入門書的な本はあるようでなかったんですね。 著者の主張は、目的に応じて論理的思考を使い分けることを意識的になることです。読者に思考の目的と手段のあいまいさ、偏りの客観的な理解を助け、問題解決力やコミュニケーション力を向上させて、かつ目的に応じた論理的思考に基づく行動ができるという見通しを与えた点において、類書とは大きく違います」(島村氏) ▪️ヒットの背景にはどんな人々のニーズがあったのか 他にも本書が話題となったのは、AIの台頭やデジタルコミュニケーションの複雑化といったトレンドも「論理的思考」への人々の関心を高めていたという。 「もともとベストセラーが多い王道なテーマなので、いつか取り組まないといけないというニーズは常にありました。AIが台頭し、グローバルかつデジタルなコミュニケーションの実践問題などが誰の目にも明らかな現在、“論理的思考とは何か”を現代的に考え、整理する必要は誰もが感じていたと思います」(島村氏) 他にも、「日本人は非論理的」だと他の文化圏の人から言われたりする理由を分析。そこから逆転の発想を展開した「目から鱗」の主張が、読者に刺さったのではと島村氏は指摘する。 「日本人は“非論理的”(空気を読む)であり、英語圏の人は“論理的”(はっきりと意見を言う)で模範とすべきである、というような通念を覆しています。なぜならそれぞれに重要だと考える部分と目的が違うので、一つの論理的思考だけではダメだと訴えたことは、驚きとともに納得をもって受け入れられたのだと思います」 ▪️自分の頭で考える必要性に読者はどこかで気づいている 新書のベストセラーを見ると、前述した今井むつみ氏の『言語の本質』(中公新書)のように、硬派な本が人気を集めている。編集者として島村氏はどのように見ているのだろうか。 「借り物の情報や便利なツールを使って済ますだけではなく、自分の頭で考える必要性に読者がどこかで気づいているから(硬派な本がヒットしているの)だと思う。硬派な本に向き合い、その本を自分のペースで読みながら自分の頭で考えるしか、大事なものは身につかないという認識が広がっているのではないでしょうか」(島村氏) 島村氏は「勉強ではなく、読み物として面白いから、最後まで読み通すことができるというニーズを新書は常に満たす必要がある」との考えも聞かせてくれた。情報が溢れかえる今だからこそ、取捨選択をし考える力を身につけるためにも、まずは本書から手に取ってみてはいかがだろう。
リアルサウンドブック編集部