史上最大の下剋上 千葉ロッテ・岡田幸文 テレ東の日本シリーズ “幻の第8戦” を無にした男
「令和でも語りたい昭和な人たち」#3 ~2010年日本シリーズ・幻の第8戦~
毎年、日本シリーズが近づいてくると思い出すシーンがある。 2010年11月7日、ナゴヤドームで行われた「中日 対 千葉ロッテ」の日本シリーズ第7戦。王手をかけていたロッテは前日の第6戦で延長15回引き分けの大熱戦を繰り広げ、第7戦も延長に突入していた。 【動画】大谷翔平は道具も異次元だった!元メジャーリーガーが驚愕スペックを熱弁 7-7で迎えた12回表2死二塁の場面で、岡田の打球が右中間を深々と破った。これがタイムリー三塁打となり決勝点。パ・リーグ3位から勝ち上がった千葉ロッテの「史上最大の下剋上」が完成した瞬間だ。 「史上最大の下剋上」だから、思い出す訳ではない。失礼を承知で言わせてもらうと岡田は「守備の人」だという認識だったから、「まだ続きそうだ」と思っていた。まさか岡田が決勝打とは…。 何もなければ「よく打った」、「日本シリーズはこういう伏兵が活躍するから面白いんだよな」と言っていたに違いない。同い年で仲良くさせてもらっていた西村監督の日本一を素直に喜んでいたはずだ。 「まさか岡田に…」とうなだれてしまったのは、「第8戦」の中継が消滅してしまったから。第8戦にもつれ込んだ場合は、テレ東が放送することになっていたのだ。 終盤の熱戦で、当初は注目度が低かったこのシリーズは大きな盛り上がりをみせていた。視聴率20%超えも十分に計算できる状況だったから、喪失感は半端じゃなかった。 この年の日本シリーズは異例だった。 地上波で1、2、5戦の全国中継が行われない事態が起きる。テレビ放送のネットワークが確立された1960年代以降では初めてのできごとに、野球界、放送界に激震が走った。 2004年の球界再編騒動以降日本シリーズの視聴率が大幅に下降し、高額な権利金に視聴率が見合わなくなったことが要因の一つだろう。 このシリーズの出場チーム・中日、千葉ロッテも地域色が強いため、全国ネットでの視聴率が見込みにくい、とみられていた。「巨人が出ないと視聴率が取れない」が、各局の本音だったに違いない。 テレ東は友好球団のロッテの推薦を受けて第4戦を中継した。 視聴率は9.0%。第3戦の6.8%に続いてひとケタの視聴率だったが、「まあまあか」と思った記憶がある。そのくらい数字への期待は低かった。 第6戦終了後のナゴヤドームに話を戻そう。延長15回引き分けとなったこの試合は5時間43分のシリーズ最長時間試合となる激闘で、試合終了は午後11時54分だった。 この時点で第7戦で中日が勝つか、引き分けると第8戦に突入することはもちろん承知していたが、まさか数十分後に自分に関係することになるとは思ってもいなかった。 「ちょっといいですか」。表彰式の対応でナゴヤドームに詰めていた筆者は、NPB控室にあいさつに行くと放映権担当者に呼び止められた。 応接室へ通されるといきなり「テレ東さんで、第8戦やってくれませんか」と言われたので、その瞬間は理解ができなかった。第8戦がある場合は第7戦の中継局が放送する、という取り決めがあるからだ。 「第7戦の中継局がどうしてもできないと言うんですよ。何とか力を貸してもらえませんか?条件があれば出してください。可能な限り対応しますので」と頭を下げられた。 返答の期限は8日16時。すでに日付は8日となり、時計の針は0時30分を指していた。 タクシーで宿舎に向かう途中、編成幹部に電話を入れた。 内容を説明すると「うーん」と唸り、「中継は明後日の話で明日の夕方までに決める、って、時間がない。営業も…」と言うと沈黙が続いた。実質翌日のレギュラー編成を変更するのだから無理もない。 そして、日曜日だから社内をまとめるのも容易ではない。厳しい状況の中、社内はやる方向で動き出し、昼過ぎに編成幹部から連絡が入った。 「やることで社内はまとまった。条件が2つある。これをNPBが飲んでくれるならやるよ」 すぐにナゴヤドームへ移動して、事務局長、放映権担当者にテレ東のスタンスを伝えた。問題は2つの条件。その内の一つは難題だと思っていたので、正直無理だろうな、と思っていた。 応接室で30分ほど待たされた後、2人が戻ってきて放映権担当者が口を開いた。 「すべて了解しました。第8戦があった場合は、中継よろしくお願いします」。中継ができる喜びよりも、厳しい条件を飲んでくれたことが驚きだった。 中継に関して非常事態となったこのシリーズで、優勝決定試合まで地上波全国放送がなければNPBとしても面子が立たなくなる。そんな意識が働いたのだろう。 第8戦の中継準備は滞りなく進んでいたが、岡田の一打で幻のままで終わった。 実はこの試合、序盤に中日が6-2と4点をリードする展開で余裕の観戦だったのだが、5回にロッテが追いつくと7回に勝ち越してドキドキが止まらなくなった。 「第8戦、やっぱりないか」とあきらめかけた9回に中日が追いつき、流れは中日だと思っていただけに岡田の一打は余計に堪えた。天国と地獄を行ったり来たり。体に悪い1日だった。 きっと第8戦があって中継できていたら、こんな風に思い出すこともないのかもしれない。 岡田幸文、40歳。今季は楽天の外野守備走塁コーチを務め、シーズン終了後に退団が発表されている。 育成ドラフト6位で入団し、プロ2501打席でホームラン0本だった守備の達人。「テレ東の日本シリーズ第8戦を無にした男」として筆者の頭の中から永遠に消えることはない。 テレ東リアライブ編集部 E.T(新聞、テレビでスポーツ現場経験30年のロートル)
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