「嘘のないホームレスの日常を…」元ジャーナリスト志望の監督による社会派映画『香港の流れ者たち』
●嘘のないホームレスの日常を描ける自信から生まれた新作
――トランスジェンダーの中年男性とその家族を描いた長編デビュー作『トレイシー』(18年)は、その年の「東京国際映画祭」でも上映。その年の香港電影金像奨では、全9部門にノミネートされ、最優秀助演男優と助演女優賞に輝きました。 この作品はすでに脚本があり、監督もキャスティングも決まっていたのですが、その監督が降板することになり、僕がプロデューサーから声をかけられました。映画の製作現場のことを良く分からないまま、監督することになったこともあり、プレッシャーやストレスでいっぱいでしたし、何より自信がありませんでしたね。僕の中では賞や評価はあまり関係なく、とにかく経験を積むことができた現場だったといえます。 ――そして、2作目となる『香港の流れ者たち』を撮りました。今度は実際に起きたホームレス荷物強制撤去事件を題材に、再開発の陰に潜むホームレス、移民問題や貧困層の薬物問題などを描いています。 デビュー作の『トレイシー』と同じく、マイノリティを描いた作品ですが、今回は完全に私の企画から始まった作品ですから、これまでとまったく違う気持ちでしたし、監督としての自信もついていました。 また、ジャーナリズムを学んでいた大学生の頃からホームレスたちの取材をしていたこともあり、嘘のない彼らのコミュニティや日常を描けるという自信もありました。 ――劇中、どの程度が事実であり、どの程度がフィクションだといえますか? 例えば、ホームレスたちが政府に対して裁判を起こしたことに関しては、すべて真実です。あと、登場人物にはすべてモデルがいて、それを基にしてキャラクターを作っていきました。 一方で、彼らの会話に関しては、フィクションの部分が多いです。物語を語るためには、ある程度のドラマが必要ですから。
●人間の善良さや尊厳を信じて作った作品
――そういう社会的に深刻なテーマの作品に、フランシス・ンさんやロレッタ・リーさんといった香港映画ファンおなじみのキャストを起用するということは、リー監督の狙いなのでしょうか? 彼らのような商業映画のスターを起用することによって、あまり関心が持たれることのない、地味に思われる社会のテーマも注目してもらえるという狙いです。いろいろな考えがあるとは思いますが、私はそういうところまで計算をして、映画を作るようにしています。 ただ、彼らプロの役者は、脚本によって、演じる役によって、芝居を使い分けられるのは当然のことなので、「彼らのこれまでのパブリックイメージを打ち破ってやろう」というような狙いはないですね。 ――ちなみに、リー監督が好きなフランシス・ンさんの出演作は? 『ザ・ミッション/非情の掟』や『インファナル・アフェア 無間序曲』の彼も好きですし、アン・ホイ監督の短編『我的路(日本未公開)』でトランスジェンダーを演じた彼も好きです。でも、いちばん好きなのは『香港の流れ者たち』の彼ですね(笑)。 ――そして、本作も映画賞で高い評価を受け、満を持しての日本での劇場公開となります。 『香港の流れ者たち』は、私たち作り手が人間の善良さや尊厳を信じて作った作品だといえます。ホームレスたちの過酷な日常を描いた作品ではありますが、決して暗い映画だとは思っていません。ですから、日本の映画ファンや香港映画ファンにも楽しんで観てもらいたいです。