「戦車」から「カーナビ」を考えた!? 世界初を生んだホンダのトンデモ発想とは? ただトンデモなく面倒だった!?
ホンダの技術者は戦車の何を見てカーナビを思いついたのか?
スマートフォン+Googleマップなどの進化で、クルマ・バイク共にカーナビゲーション(以下、カーナビ)の存在価値が薄まりつつある今ですが、実は一世を風靡したカーナビのシステムを開拓したのは日本のメーカー、ホンダでした。 【まるで紙芝居】これが“激烈アナログ”な世界初のカーナビです(写真) 1981年、ホンダがリリースした「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」が「世界初のカーナビ」となり、後に世界中の自動車メーカーへ派生。クルマ・バイクユーザーに寄与したことはもちろん、自動車産業、電機産業双方に絶大な貢献を果たすことになりました。 ホンダがカーナビ開発に取り組みはじめたのは1970年代のこと。当時の自動車業界は大衆車が多く出現するなどし、モータリゼーションが高まり、同時にエレクトロニクス技術も急速に発達していきました。 二輪や耕うん機はさておき、四輪分野では後発メーカーだったホンダの技術研究所は、他社の急速な発達を前に、大きな危機感を抱いていたそうです。 そんな中、ホンダの研究所の専務がたまたま自衛隊の見学の機会を得ます。そこでは自衛隊の戦車が走行しながらも、砲身が常に標的を捉えて続けており、専務はその技術に大きな衝撃を覚え、「この技術をクルマにも応用できないか」と模索。 研究所一丸となって、「走行しながらも、地図上に自車の位置を表示し続けるシステム」を開発。これこそが今日まで浸透し続けるカーナビの原点でした。 GPSが一般化されていない当時としては超画期的なホンダのカーナビ「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」は、満を持して1981年にリリース。初搭載となったのはフルモデルチェンジをしたアコードでした。
「手動で調整」するマップって…?
他方、今と比べるとこのカーナビは極めてアナログ的。「自車の位置を割り出す方法」として、方向とタイヤ回転から算出する走行距離センサーによって、移動方向と移動距離を検出するという気が遠くなるようなシステムでした。 そして、なんとか検出された結果を、16ビットのマイクロコンピュータで演算させ、ブラウン管モニター上で、起点からの走行の軌跡を光の点で表示させていました。このときブラウン管の背面に、道路地図が印刷されたセルロイドシートを入れ、走行の軌跡を地図上に映し出していました。 また、特に冬場の寒い時期には、ジャイロセンサーの起動が不安定で、一定距離を暖機運転した後に停車させ、走行軌跡と地図を重ね合わせる必要もありました。それでも自車の位置とジャイロケーターシステムの表示にズレが出た場合は、手動でマップを調整する必要もあり、「便利なシステムのはずが、かえってややこしいことになっている」面も否めませんでした。 しかし、このホンダの開発は「精度を高めれば、一大革命になる」と、危機感を覚えた他の自動車メーカーもこぞってカーナビ開発に着手します。 トヨタが「ナビコン」という独自開発のカーナビを2代目セリカXXに搭載させ、日産も「ドライブガイドシステム」をR30型スカイラインに搭載。各社ともしのぎを削り合うようにカーナビを進化させていきました。 草分けとなったホンダの「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」ですが、後にアメリカのメーカーがデジタル式マップを発表したことで、開発を中止。結果的にアナログ式のマップナビは姿を消すこととなり、ホンダもデジタルマップ開発に取り組むようになりました。