総距離およそ1400キロにわたって北朝鮮との国境を接する中国は、北朝鮮からの脱北者の多くがまず最初に足を踏み入れる国だ。だがその中国が、いま脱北者の摘発と強制送還に力を入れているという。いったいなぜなのか。ロイターは未公表の公式文書や、事情に詳しい関係者らへの取材から、中国政府の強制送還の実態と思惑を探った。 これはある脱北者の女性が、北朝鮮から複数の国を渡って脱出した際に撮影したとされる映像――。 その女性、シン・ジュイェさん他、映像に写っている人たちは身元を保護するため顔にぼかしを入れてある。 シンさんはベトナム、ラオス、タイを経由したと証言した。ロイターはシンさんの証言を独自に確認できなかった。 1990年代に脱北したシンさんは、当初中国国内に居住していた。だが新型コロナの感染が拡大すると、村の役人から北朝鮮系の住民は生体認証情報を警察に登録するよう求められるようになったと、シンさんは言う。 脱北者　シン・ジュイェさん 「指紋を既に登録した人が私に言ったの、『新型コロナの検査やワクチンが受けられるようになったのはよかったけれど、大きな欠点がある。今やまるで漁網にかかったようなもの。もし北朝鮮が中国当局に、私たちの送還を依頼したら、私たちは一網打尽に送り返されてしまう』」 シンさんは指紋の登録をせず、中国からの出国を決意。2003年に韓国に到着した。 ロイターはシンさんの証言を独自に確認できなかったが、中国は脱北者に対する監視を強化しており、北朝鮮脱出がますます困難になっている。 映像は、総距離約1400キロに及ぶ中朝国境だ。 ロイターは、国境監視やインフラ投資を概説した公開済みの政府文書100件以上を検証した。これらの公文書から、中国が新たな強制送還センター、数百台のスマート顔認識カメラ、追加の巡視船を導入したことが明らかになった。 さらに北東部の国境警備隊に、「不法移民」を発見し追放する任務が与えられていたことが、未公表の公文書と事情に詳しい関係筋12人の話から分かった。 文書には、北朝鮮出身者が対象とは明記されていないが、中朝国境周辺の地帯に焦点が当てられている。 ほかの国境地帯で、中国が同様の取り締まりを行っていると示す証拠を見つけることはできなかった。唯一の例外はミャンマーとの国境で、中国当局は組織犯罪の取り締まりを強化している。また最近、強制送還センターも開設された。 中国国境警備隊と入国管理局はロイターの取材に応じなかった。中国外務省は「国境の出入国秩序を合法的に維持しながら、中国国内の外国人の権利と利益を保護している」と回答した。またロイターの報道について「全く事実に基づかない」と述べたが、どの部分が事実ではないと考えているのかは説明がなかった。 ソウルに拠点を置く、強制送還を監視する団体の法律専門家、イーサン・ヒソク・シンさんは次のように話す。 強制送還を監視する団体　イーサン・ヒソク・シンさん 「中国の公式見解は、自国内にいる脱北者はすべて不法な経済移民で、国際法で保護されるべき難民や亡命希望者には当たらないというものだ」 同団体によると、中国は4月に少なくとも60人の北朝鮮人を強制送還した。「当団体が実施した聞き取り調査に基づき、われわれは脱北を試みる人の10人中7人が中国当局に逮捕され、北朝鮮に強制送還されると推計している」（イーサン・ヒソク・シンさん） 複数の関係者は、中国が脱北者の取り締まりを強化する理由は、中国の周辺地域の安定を確保するだけではないと指摘する。 ある人権専門家は、あまりに多くの北朝鮮人が中国に逃れれば、北朝鮮の不安定化を招き、南北統一のきっかけになるかもしれない。その結果、朝鮮半島における米国の影響力が一層強まることを中国政府は恐れていると指摘した。 また脱北者の存在は中国にとって、ロシアとの距離を縮めている北朝鮮との関係において有利な材料になっているという。 韓国のシンクタンク、アサン政策研究所の中国専門家は次のように指摘する。 アサン政策研究所　イ・ドンギュさん 「中国は、このような手法で脱北者を管理しているので、北朝鮮に対して中国の利益となることを要求することができる」 北京の北朝鮮大使館およびジュネーブとニューヨークの北朝鮮国連代表部は、ロイターの取材に応じなかった。 韓国外務省は声明で、中国による脱北者の強制送還阻止に向け「全力を尽くしている」をしているとコメントした。