聖武天皇の御霊に捧げた肘おき…〈正倉院展宝物考察〉
紫地鳳形錦御軾(むらさきじおおとりがたにしきのおんしょく) (高さ20センチ、長さ79センチ、幅25センチ)
ゆったりと寝転んで休んでいたい。人間の一番安らいだ状態が睡眠にあるのはいつの世も変わらない。それはまた聖武天皇も同じだった。今回の正倉院展には聖武天皇がお使いになった肘おき、「紫地鳳形錦御軾」が出展される。肘おきといっても全体がクッションの形状をしていて、全面を鳳凰(ほうおう)文の錦で覆った豪華な逸品だ。
正倉院宝物は聖武天皇の四十九日に際して、光明皇后が東大寺の大仏さま(盧舎那仏(るしゃなぶつ))に天皇の御遺愛品を奉納されたことを起源とするが、その際に作られた宝物リスト「国家珍宝帳(こっかちんぽうちょう)」では、この御軾が末尾近くに登場する。宝物リストは袈裟(けさ)から始まり、宮廷調度や武器などが続くが、その最後はびょうぶと枕、そして御軾と御床(ごしょう)(ベッド)で終わっている。
数々の名だたる宝物の締めくくりが、どうしてこうしたセットだったのか。それは聖武天皇の御霊(みたま)がお休みになる場所を向こう側の世界にお届けする意味があったというのが私の考えだ。「国家珍宝帳」に記された願文(がんもん)という願いを述べた部分には、聖武天皇の御霊が盧舎那仏の世界に赴き、「花蔵之宮(けぞうのみや)」という宮殿に行かれるとある。宝物はあくまで大仏さまに捧(ささ)げられたものだが、その目的が聖武天皇の冥福(めいふく)を祈ることにあったことからすれば、天皇の御霊のお休み所で必要となる物品も、宝物の機能として期待されていたのではないだろうか。
聖武天皇がお休みになられている、その面影を宿す宝物としてこの御軾を見ることができるのではないかと思うのだ。 (奈良国立博物館主任研究員 三田覚之)