ウインブルドンで快進撃のムゼッティ!“3つのタトゥー”に込められた「家族、人生、未来」への熱い思い<SMASH>
やや、個人的な話になる。この全仏の、少し後のこと。セルビア人選手の帯同経験もあるクロアチア人コーチと話していた時、彼に「なぜ最近のジョコビッチは、若手相手に2セットダウンからの逆転が多いと思うか?」と聞かれた。わからないと返すと、そのコーチはこう言ったのだ。 「He needs drama(彼は、ドラマを欲している)」 その言葉の真意を測りかね、「わざと2セット落としているということ?」と問い返すと、コーチ氏は次のように説明した。 「わざと……とまでは言わない。ただ潜在的に、彼は2セット落としても、逆転できることを知っている。自分を窮地に追い込むことで己を鼓舞し、盛り上げ、そして勝つんだ 果たしてこの見立てが、ジョコビッチ側の真実かはわからない。ただ、対戦相手サイドから見た時の、真実なのは間違いない。 そして思い出したのは、全仏オープンで棄権を申し出、悄然とコートを去ったムゼッティの姿。さらには会見室で打ち明けた、素直すぎる彼の言葉。イタリアテニス界の期待を背負い、注目を浴び続けてきたという青年が、この時に負った心の傷だ。 今年の全仏オープンでもムゼッティは、ジョコビッチと対戦し、フルセットを演じるも最終セットは0-6で敗れる。それでもこの時は最後まで、コートに立ち勝利を追い戦い続けた。 「多くの厳しい教訓を得た」というそれらの敗戦を経て、ムゼッティはウインブルドン準決勝の大舞台で、またジョコビッチと相対する。 今大会で勝ち星を得るたびに、「ポジティブな態度を心掛けた」「心の持ちようを変えるようにした」と繰り返してきた彼は、次のジョコビッチ戦に向かう心の有り様を、こう語る。 「思い描いているプレーができれば、僕に勝機はあるはずだ」 彼の身体に刻まれている、3つ目のタトゥー――。そこにはイタリア語で、こう書かれている。 「Il meglio deve ancora venire:最高の瞬間は、まだまだ、これからだ」……と。 現地取材・文●内田暁