「おばあちゃんを悲しませたくないので殺そうと思いました」 「歪んだ幸せ」を求めて不幸になる人たち
かわいそうだから子どもを殺すという身勝手な理屈
犯罪者が語る動機の多くは身勝手なものであり、みなの共感を集めるケースはさほど多くない。とりわけ一家心中などでよく聞く「子どもたちだけが残されては気の毒だから」といった言い分は、身勝手の極みといえるだろう。5月に東京都内で元妻と子ども3人を殺害した男も同様の動機を口にしていたと伝えられている。元妻を殺し、自分が捕まったら子どもたちは殺人犯の子となるから気の毒だと思った――何重にも身勝手かつ間違った考え方なのは言うまでもない。 祖母をハンマーで襲った少年が“照れながら”語ったこと―― 垣間見える「歪んだ認知」
こういう人たちの認知や判断には「歪(ゆが)み」がある、と指摘するのは医学博士で『ケーキの切れない非行少年たち』の著者としても知られる宮口幸治氏だ。宮口氏は長年、医療少年院や女子少年院で数多くの非行少年たちと向き合ってきた経験を持つ。 近著、『歪んだ幸せを求める人たち ケーキの切れない非行少年たち3』で宮口氏は、実際に直面した「歪んだ認知」の実例を挙げている。 「おばあちゃんを悲しませたくないので殺そうと思いました」――常人には理解しがたい思考の背景には何があるのか(以下、同書をもとに再構成しました)。 ***
祖母を悲しませたくないから死なせてあげよう
殺人未遂で少年院に入院してきた、ある高校生年齢の非行少年の話です。彼は対人関係が苦手で友人ができず、将来を悲観して自殺しようと考えました。しかし、彼にはどうしても気になることがありました。 それは、幼少期から彼に愛情を注いでくれた祖母のことです。彼も祖母が大好きでした。 “もし自分が死んだらお祖母ちゃんはとても悲しむだろう” それが彼の気がかりでした。祖母を悲しませたくない。次第にその気持ちが強まってきました。ここで普通であれば、“やっぱり自殺は止めておこう”と考えるでしょうが、彼は違いました。“とにかく祖母を悲しませたくない。自分の死んだ姿を見たら悲しむだろうから、悲しまないで済むように先に死なせてあげよう”と考えたのです。 そこで、その少年は祖母宅に遊びに行くと母に言って、自宅からハンマーをカバンに入れて出かけました。真剣に祖母のためを思っての行動ですから躊躇(ためら)いがありません。祖母宅に着くと、迷うことなく祖母を背後からハンマーで襲いました。幸いにも一緒にいた祖父が異変に気付き、少年の行動を止め祖母は軽傷で済みましたが、さすがに祖父母は警察に助けを求め、少年は逮捕され少年院に来ることになったのです。