エド・シーランの代表曲は「Shape Of You」ではない。本人がそう語った理由
ポップ・ミュージック界のスーパースター、エド・シーラン。溢れ出す感情をよどみなく歌詞に乗せ、オーディエンスが聴きたいことをつかみとる天才である彼が、友人たちや家族、曲作りに込める思いについて語った。 【写真を見る】「人が共感するような曲は、書いている間、どこか違和感を覚えるものだと思うんです」と語ったエド・シーラン。 もしあなたが今、心細い気持ちになっているなら、エド・シーランのコンサートにひとりで行くのはおすすめしない。というのも、バラード曲 「Perfect」 を演奏する場面があるからだ。シーランはこのことについて、前もって私に警告していた。 9月下旬の金曜日の夕方。私たちは米ロサンゼルスの劇場、シュライン・オーディトリアムでのコンサートの控室にいた。6300席のこの会場は、彼が翌日演奏する予定のスタジアムと比べるとだいぶ小さい。シーランはカーゴパンツにTシャツ、レザー素材のナイキのハイカットを履いていた。10年前にプロデューサーのリック・ルービンとアルバムを作って以来、シーランは“同じ服を着続ける”という彼の戦略を採用している。何を着ればいいか悩んで、クリエイティビティが曇らないようにというのが理由だ。 私たちは、数多くの楽曲を生み出したアーティストも、ある1曲のイメージで世間に知られるようになることについて話していた。シーランと、クラシック作曲家である彼の兄は、こんな問いをよく口にするという。ほとんどの人はヴィヴァルディといえば『四季』だと言う。でも200年後、ビートルズの全作品を代表する曲は何になるのだろう? 「ビートルズを代表する曲は、どの曲になると思いますか?」と私にシーランが尋ねてきた。 「主観的な質問すぎませんか」とパニックになりながら答えた。というのも「Maxwell's Silver Hammer」以外のビートルズの曲が、突然、頭から消えてしまったからだ。 「そうでもない気がします」と彼は穏やかに言った。「みんなが『ああ、ビートルズだ』と思うのは、『Yesterday』や『Let It Be』、『Blackbird』あたりだと思います」 ■自分の1曲は「Perfect」 そこで、32歳のシーランに、彼の「Yesterday」は何になると思うか訊いてみた。私は、彼の曲のなかでもSpotifyで最も再生されている(36.4億回)「Shape Of You」だろうと思っていた。だが、他にもたくさんヒット曲がある。シーランの3rdアルバム『=(イコールズ)』は、2021年にSpotifyで4番目に最も多くストリーミングされたアルバムで、彼には同アプリで5番目に多い月間リスナーがいる(7,490万人)。 だから、「Perfect」(Spotifyでの再生回数は26.5億回)が自分の全作品を代表する1曲になると思うと彼が言ったとき、正直驚いた。「『Perfect』は、コンサートで演奏するたびに、スタジアムの雰囲気が一変して、みんなが急に隣の人とハグしはじめる曲なんですよ」とシーランは言った。ちなみに、この曲はミレニアル世代の結婚式の9割ほどで、ファーストダンスの曲に使われているらしい。 シーランのコンサートで、観客がまわりの人とハグしはじめることを、実際に自分の目で見るまで信じられなかった。シュライン・オーディトリアムで開催されたコンサートは、彼が今春から行ってきたシアター公演のひとつだった。「- ツアー」(「-」は「サブトラクト」と読み、シーランが5月にリリースしたアルバムのタイトルにもなっている)は、小さめの会場でのパフォーマンスが続く。翌日の夜は「+-=÷×ツアー(マスマティックス・ツアー)」の一環として、巨大なSoFiスタジアムで演奏することになっていた。両公演は、今秋リリースされたばかりの最新アルバム『Autumn Variations / オータム・ヴァリエーションズ』からの曲を初披露する場でもあった。 今回のツアーでは、インディーズミュージシャンのベン・クウェラーがオープニングを務め、アコースティック・ギターとピアノで優しいムードを演出していた(クウェラーが演奏する「Thirteen」も、心細くなっているときには聴かないほうがいいかもしれない)。それから、シーランがステージに登場し、『-』の曲が続くセットの前半をはじめるのだが、その前に彼は、「正直に言うけど、これからの1時間は気が重くなるよ」と明るく言い放った。観客は笑っていたが、本当に陰鬱な1時間になったのだ。多くの時間が、シーランの語りに割かれていた。2022年に次女を妊娠中の妻チェリー・シーボーンに腫瘍があることがわかった瞬間の恐怖と無力感についてや、同年2月に他界した友人のジャマル・エドワーズについてもよく口にした。エドワーズの葬儀は、シーランが初めて参列した火葬以外の葬儀だったが、友人の墓に土をかけたときのことも語っていた。 楽しくなるような話ではなかったが、聴衆は魅了されていた。喋っているときのシーランは、人を引き付ける魅力があり、気さくで、時折オヤジギャグや下世話なジョークを交えて、真面目な話を中断した(ステージを下りてもそれは変わらず、シーランはすごく面白くて、ときどき粗野になる。彼のお気に入りのジョークは記事に書かないことに私が同意したのは、彼が父親であることと、彼に軽い口調で楽しそうにそのジョークを言われたとき、私は唖然として言葉を失ってしまったからだ)。歌っているときのシーランの声には、力がみなぎり、非の打ち所がなかった。 ■“ハッピー・アワー”の孤独 その後、セットリストは静かなパートから、より陽気なパートに移行した。シーランはこれを“ハッピー・アワー”と呼んでいる。それはまるで、結婚式でスピーチが終わり、突然自分が酔っ払っていることにみんなが気づきだす瞬間のようだった。みんないっせいに立ち上がり、通路に人が溢れ出た。シーランが「Perfect」の冒頭の歌詞(「I found a love, fo-oh-oh-or me(僕にとっての愛を見つけたんだ)」)を口ずさみはじめると、私の近くにいた全員がペアになった。 教会の礼拝で、参拝者たちが突然まわりの人と握手や挨拶をしはじめるのを見たことがあるなら、そのとき私が感じたパニックがどんなだったか、わかるだろう。前列の女性は、十代の息子に腕を回したが、彼は反射的にその手を振り払おうとはしなかった(私ならするだろう)。同じ列の年配の男性は、ちょっと席を外していたが、急いでホールに戻ってくると、ひじで他のカップルたちを押しわけ、妻を抱きしめながら曲を聴いていた。また別の2人は、しっかり抱き合いながら、曲に合わせて体を揺らしている自分たちの姿を携帯電話で録画していた。 誰かを誘わなかったのは間違いだった、と私は気づいた。30代になる頃には、中学時代のトラウマを手放したつもりでいた。だが、ふと気がつくとカップルだらけの会場に向かって、シーランが「Perfect」を演奏するのを1人で見ていたら、学校の体育館で行われたダンスパーティで、DJがケリー・クラークソンの「A Moment Like This」を流すなか、ひとり寂しく体を揺らしていた何十年も前の埋もれた記憶が一瞬にして蘇ってきた。気付くと、私は胸の前で腕を組んでいた。自分を安心させるためにしていた、若い頃の癖だ。これほど孤独を感じたことはなかった。本当に泣いてしまいそうだった。 ■赤毛のアーティストの躍進 ショーの前半から心を動かされてきたが、「Perfect」を聴く観客から思わず感情が溢れ出てくるのを目の当たりにすると、シーランをポップ・スターと呼ぶのはあまりにも単純に思えてきた。「ポップ」という言葉では言い表せない何かがあるのだ。 ひとつの理由として、シーランはポップスターらしくない。そのことは、ときにユーモアを交えて温かく、ときに辛辣な意見とともに語られてきた。彼の髪はワイヤーヘア・テリアのように長くうねっていて、後ろから海風に吹かれたようなスタイルをしている。シーランは、イギリスのバンド、バステッドのチャーリー・シンプソンを見て、自分も髪をワイルドにしようと決意して以来、ずっと同じ髪型をしている。 「すごくいいね、って思われるような髪型ではないですよね」とシーランは言う。彼は自分の見た目を好きだと思ったことがなく、自分の見た目をいつも気に入っている人などいないと考えている。エディ・レッドメインをはじめとする赤毛の有名人が現れて赤毛をクールにする前、“ジンジャー”という言葉を生み出した国で、シーランは赤毛として育った。それに、日に焼けやすい肌をしている。彼はこのことを逆手に取って、日焼け止めブランドを立ち上げようと考えているとジョークを飛ばした。キム・カーダシアンのSKIMSのような感じで。「でも、結局ホットソースにしました」。ティングリー・テッズというブランドで、辛さは2種類。オンラインで購入できる。「ホットソースが大好きでね。でも、日焼け止めクリームを売るのもありだと思っていました」 もし、自分の見た目がもう少しマーベルの登場人物のようで、『指輪物語』に登場してもおかしくないような容姿でなかったとしたら、今のキャリアはなかったとシーランは考えている。初期のファン層は、ステージ上のシーランに、自分の仲間の姿を見いだした、はみ出しものの若者たちだった。それにシーランは、最高のポップ・スターはみな型破りな外見をしていると信じている。取材中、何度かシーランとエルトン・ジョンを比較してしまうことがあった。2人に共通するイギリス人らしさと、どこにでもいるような佇まいが主な理由だ。私はふと、エルトン・ジョンの外見が魅力的かどうかについて考えたことすらないことに気づいた。エルトン・ジョンはエルトン・ジョンなのだ。シーランについてもますます同じように思えてくる。 シーランは、赤毛のアーティストが大きな会場で演奏しているのを見た人々が衝撃を受けた時代を経て、現在に至る。2017年にアルバム『÷(ディバイド)』が出たあとをピークに、初期のアルバムで徐々に増えたカルト的で熱狂的なファンたちが、急に落ち着きあるファン層に変わったのだという。今私は、彼を他の何でもなく、鬼才エド・シーランとして理解している。 ■亡くなった友人たちへの想い シーランは驚くほど多作だ。1日に3曲の作曲を、週に5日やっているのだ。午前中に1曲、午後に1曲、そして夜、意識を失う前にもう1曲作る。シーランが作曲している姿を写した動画はいくつか出回っていて、たとえば、プロデューサーのベニー・ブランコと、チェック柄のパジャマのズボン姿のシーランが、最終的にジャスティン・ビーバーのメガヒット曲となった「Love Yourself」を書いていたときのもの。Disney+のドキュメンタリー番組『エド・シーラン:THE SUM OF IT ALL』では、彼とプロデューサーのフレッド・アゲインが 「Bad Habits」に取り組んでいる様子が映し出される。そのメロディに合わせてシーランは、おやすみを言うためにベビーベッドで寝ている娘を起こさないでと妻のチェリーに言われたことと、自分の悪習慣についてのエピソードを披露する。そしてソファに猫背のまま座り、すぐに歌いだす。その時点で曲は完全にできていて、Spotifyで今聴けるものと変わらない。 シーランと親しいベン・クウェラーは、「彼の曲作りや歌唱力は別次元です。ただ歌っていても、歌詞のアイデアを思いつくときも、書くときも。そのスピードと技術レベルの高さには目を見張るものがあります」と語る。「曲を書きながら、その先を見通すことができるんですよ。どう曲を仕上げようか、4行先の歌詞をどうしようかって。きっとチェスもすごくうまいんじゃないですか」 シーランは頭の中で、いつも数歩先を見ているようだ。あるとき私は、彼がイギリスの自宅に作ったと噂されている地下室の墓について尋ねた(『Vanity Fair』によれば、隣人たちはこれについて「大きな不安を抱いている」そうだ)。私は、有名人の奇行について触れるときのいつもの厚かましい調子でその話題を振ったのだが、シーランの説明を聞いて、なんともいたたまれない気持ちになった。 「墓とは言えないですね」と彼はきっぱり言った。実際は、チャペルだった。これまで彼のまわりで亡くなった人の多くは火葬されたため、かれらを弔う場所が欲しかったという。チャペルが完成すると、あまりにもそれが美しくて、自分もそこに埋葬されたいと思ったそうだ。そうすれば、自分の子どもたちも足を運べるし、彼のことを思い出してもらえるからと。「地面に掘った穴の上に、いくつか石を置いただけです。いつかその日がやってきて私が亡くなれば、そこに入ります」とシーランは言う。「そんなのすごく変だし、悲観的すぎるとみんな言いますよ。でも遺書がないまま亡くなった友人たちがいます。残されたほうは、どうしたらいいのかわからないのです」 ■作りたかった『Autumn Variations』 10月、シーランは『Autumn Variations / オータム・ヴァリエーションズ』をリリースした。これは短編集のようなアルバムだ。作曲家エドワード・エルガーの『エニグマ変奏曲』について父親から話を聞いていたシーランは、同じように友人たちを題材にした14の変奏曲を作ることにした。シーランはプロデューサーのアーロン・デスナーに、14人の大切な人たちを題材に14曲書くという、現代版『エニグマ変奏曲』のアイデアを持ちかけた。そしてこのアルバムは、季節に絡めることにした。幸せな時間、悲しい時間というコントラストに惹かれるシーランは、イギリスの夏から秋への急な移り変わりを表現したかった。「楽しいお祭り騒ぎの季節から、雨に濡れた灰色の寂しい季節に変わっていく」時期だとシーランは言う。 『オータム・ヴァリエーションズ』を、シーランはメジャーなレーベルでは作らず、シングルとしてもリリースすることもしなかった。「このアルバムについて、誤解してもらいたくないのですが、これは私の次のビッグヒットとなるポップアルバムでもなければ、これを引っさげてスタジアム・ツアーをすることもありません。このアルバムは、私が表現したかった秋についてのアルバムです。20年もすれば、ファンのお気に入りになっているはずですが、現時点では誰にもよくわからないでしょうね」とシーランは語った。 彼は、妻と一緒に料理をしながら、ノラ・ジョーンズの 『Come Away With Me』やジャック・ジョンソンの『In Between Dreams』を聴いていると言った。 「チェリーにはいつも、『僕はこういうアルバムがないよね』って言っています。『÷』をかけると、『Eraser』とか『Castle on the Hill』とか『Shape Of You』っていうノリのいい曲が続きますから」ジョギング中に聴くにはとびきりの音楽だが、シーラン家のキッチンで流すには激しすぎるようだ。彼はうら寂しい夜に聴く、リラックスしたアルバムが作りたいと思っていて、まさにそれが『Autumn Variations』なのだ。 シーランにとって、曲作りは世界について考えることの延長線上にあるようだ。チェリーにがん腫瘍があることがわかった翌日、シーランは自宅の地下室に下りていき、4時間で7曲を書き上げた。チェリーは前述したドキュメンタリー番組の中で、夫が仕事以外の場所で自分の感情を処理する時間を作らないことへの懸念を示している。 SoFiスタジアムでのコンサートの前に、その方法を見つけたかどうかと尋ねると、シーランは微笑みながらこう答えた。「いや、まだですね。あれ以来、ずっと仕事をしていますから」 ■書いていて違和感を覚える曲 多作なソングライターはたくさんいるが、シーランのレベルにまで達している人はほとんどいない。それはなぜか?「まあ、みんな愛が好きで、気分が落ち込むことがありますよね。その2つは、ずっと曲にしてきたテーマです」とシーランは答えた。だが、ほとんどのアーティストは愛と痛みについて歌うものだ。シーランと何が違うというのだろう? 「そうだな」と彼はゆっくりと話しはじめた。「人が共感するような曲は、書いている間、どこか違和感を覚えるものだと思うんです。『Perfect』を書いているとき、なんて安っぽいんだと思っていました。これじゃあ、チェリーに最高にうさんくさいボーイフレンドだと思われてしまう、って思いましたよ」。シーランはこの曲を、付き合いはじめて2カ月になろうとしていたチェリーのために書いた(素人にはオススメしない行為だ)。「それに、『Salt Water』という、自殺を考えることについての曲を書いていたときは、やばい、こんなの親に聴かせられないと思いましたね」 曲に自分を投影し過ぎていると思えることは何度かあった。たとえば、2014年のアルバム『×(マルティプライ)』に収録されている「The Man」は、失恋後に書いた曲だ。「あのときは、曲を書いていてものすごく嫌な気持ちになったし、聴かせた人はみんな、なんとも言えない反応をしていました。でも、それはいいことだと思って、リリースしました」とシーランは言う。「あのアルバムに、あの曲は必要なかったかもしれない。あの曲を書く必要はあったけれど、発表する必要はなかったかもしれません」 彼が書く曲に関連する個人的なエピソードの数々は、シアター公演では深く掘り下げられ、スタジアム公演ではちらっと語られていた。どれも、登場人物のいるひねりのきいた寓話へと凝集されていく。ステージ上でシーランが、エドワーズの死、チェリーのがん、厄介な裁判など、大人になってから経験した人生の地殻変動的な出来事について語ると、より大きなカタルシスの一場面を見ているように感じられる。 2015年に初めてシーランに会ったクウェラーは、彼のコンサートが至極シンプルであることや、彼の謙虚な人柄に衝撃を受けた。「ショービズでは、そうしたものはすぐに失われてしまいます。たくさんの要素が関わってきますから。たとえば、ルックスとか金とか。ときとして、才能はそうしたリストの下のほうに追いやられていたりして、悲しくもなりますよ」とクウェラーは語った。「私やエドのようなやつは、ただベッドの上に座って曲を作っていたいだけです。それですごく解放された気分になるんですよ」 テキサス州オースティンで行われたシーランのライブでオープニング・アクトを務めるはずだったアーティストがオーストラリアで足止めを食らったため、急遽クウェラーが出演することになったのが、2人の出会いだった。オースティンのあとも、シーランはクウェラーにダラスでのオープニング・アクトを依頼し、その後残りのツアーにも参加してもらった。2人はとても親しくなった。シーランとチェリーが2018年に結婚したとき、彼らはクウェラーに結婚式での演奏を依頼したのだが、彼のピアノ・バラード「Thirteen」(僕たちは ふたりだけの世界を築いた/タクシーの後部座席でのことだった。きみが愛してると言ってくれたのは/それに僕は1人じゃないって)は、エドとチェリーのことを歌った曲だ。 ■ステージ上で悲しみを乗り越える 今年2月、クウェラーの息子ドリアン──16歳にして将来有望なキャリアをスタートさせていた才能溢れるミュージシャンだった──が、オースティン近郊で交通事故に遭い亡くなった。その2週間後、シーランは電話をかけ、クウェラーにツアーのシアター公演でオープニング・アクトを頼めないかと声をかけた。悲嘆に暮れる父親に投げかけるには、異例の言葉だった。ツアーに出るということは、妻ともう1人の息子、13歳のジューダと長い間離ればなれになるということだからだ。しかしシーランは、悪い知らせを聞いたあと、4時間で7曲も作曲するアーティストだからこそ、それが自分にできる最善の慰めであるとわかっていた。 それでもクウェラーは迷っていた。だが、ツアーのオファーがあったことを話すと、ジューダはこう答えたという。「もちろん、やるって答えたんでしょ?」。こうして息子の承諾を得て、クウェラーは5月にシーランのツアーに参加した。 「このツアーは、エドにとっても私にとってもすごくハードでした。2人とも、つらい思いをしていましたから」とクウェラーは言う。「でも、それこそがシアター公演の目的でした。人々とのつながりを実感し、胸が熱くなるような、親密で特別な時間を作ることが」 クウェラーはその後、自身のコンサートではドリアンの死についてオープンに話しているが、オープニング・アクトの間はそれについて話したがらなかった。「でも、バックステージにいるエドは、なぜ私がそこにいるのか、また、私がドリアンのために演奏していることをわかっていました」とクウェラーは言う。「彼は、パフォーマーとしての私にとって不可欠な、ステージ上で悲しみを乗り越える力を、私に与えようとしていることを自覚していたし、私がそこにいることは、彼が悲しみを乗り越える助けにもなっていました」 ■いつも4行先を見ている スタジアム公演は、前日のシアター公演とは根本的にトーンが違っていた。シーランは、スタジアムとシアターの両方の観客に対して、小規模な会場の親密さが好きだと率直に語っているが、SoFiスタジアムでのコンサートは、最初から活気に溢れていた。彼は「Shivers」のような弾けるポップソングで観客席を温めた。スタジアムの中央にある円形のステージは回転し、シーランは黒いカーゴパンツ姿で汗だくになってその上を駆け回っていた。ループペダルを使う彼は、メロディに合わせてさまざまな場所に設置されているループステーションに移動しなければならないのだ。一度でも外せば、曲は台無しになってしまう。私は近くの席の女性が、連れ合いにこう言っているのを耳にした。「水でも飲みながらでないと大変そう」 それからシーランは、知る人ぞ知る隠れた名曲である長い間奏曲を演奏しはじめた。とはいえ、Spotifyで5000万回以上再生されている曲が多い彼からすれば、隠れた名曲といっても、比較的そうだというだけなのだが。シーランは今回のコンサートのオープニングでメイジー・ピーターズに続いて登場したラッパーのラスを呼ぶと、彼とのコラボ曲「Are You Entertained」を披露した。そして、『Autumn Variations』に収録されているテンポは速いがメロウな曲の1つ、「American Town」を演奏し、『-』からバラードを数曲披露すると、前夜のシアター公演での独白を手短に話した。 それからは、観客のこの曲だけは聴きたいという期待に応じたようだった。「ここから先は、みんなのおばあちゃんでも知っている曲をやります」と彼は前置きすると、まわりでヴァイオリニストがせわしなく円を描くように歩き回ったり、ときに開脚したりしながら伴奏するなか、「Galway Girl」を歌った。「Perfect」も演奏したが、この日の夜、私はしっかり同伴者を連れてきていた。妹だ。私が一緒に行きたいかとメッセージを送ると妹は「絶対行く」と答え、「静かに観るから」と約束した。 シーランが「Perfect」の冒頭の数小節を弾きはじめると、私は妹とハグするのはちょっと鼻につくなと思った。そこで、代わりに愛のこもった眼差しで妹を見つめると、彼女は私の視線を感じ取ったのか、身を固くして、まっすぐ前を見ていた。結局、私は動画を撮ることにした。 前日のシュライン・オーディトリアムでは、何千人もの観客が優しさ溢れるウェディング・ソングに合わせて絶叫しながら歌う、という魔法にかかったみたいな時間をうまく楽しめなかった。でもSoFiスタジアムでは、会場の至るところで携帯電話のライトが揺れるのを見ながら、シーランがいつも4行先を見ていることを改めて痛感した。そう、「Perfect」は彼の「Yesterday」なのだ。 【エド・シーラン】 1991年生まれ、英国出身のミュージシャン。幼い頃からギターを始め、2011年に『+』でレコードデビュー。3枚目のスタジオ・アルバム『÷』からのシングル「Shape Of You」は、Spotify史上最もストリームされた楽曲となった。最新アルバムは『Autumn Variations』。 From GQ.COM By Lauren Larson Photography by Jack Bool Translation by Miwako Ozawa