元祖アナドル・寺田理恵子「ひょうきんベストテン」時代を回顧「帰宅すると、いつも蒲団を被って泣いていました」優しかった意外な芸人の名
入社5年目の決断
そして入社後、5年目の89年に結婚を機に退社した。 「結局、『ひょうきん族』を一年半やらせてもらって、その後はニュースに行ったんです。それまで、ず~っとバラエティで自分の言葉で返すということに慣れてしまって、急にニュースで原稿を読んで、原稿に書かれていること以外は言っちゃいけませんという世界にちょっと追いつけなくて。それがストレスになって、何やってもダメだなっていう気持の方が強くなったんです。それで、入社5年目で体調を崩してしまって。その時に丁度お付き合いしていた男性と結婚しようってことになって寿退社しちゃったんですね」 その後はフリー・アナウンサーの道を歩むことになった。 「フリーになった時に“ここだ、私の居場所は”って思えたんです。アナウンサーって面白い、情報番組って面白いって思えるようになりました。自分を出せるようになったんですね。そういう意味では、自分の力でやっていくことにやり甲斐や責任を持てるようになりました。この時が私にとって、まさに“CHANGE”だったと思います」 退社した翌年に長女を出産するも、98年に離婚。その後、2000年に再婚したが、その夫とは2012年に死別してしまった。 「最初の結婚は初めて好きになった人との結婚だったので、唯々この人と生活したいと思って勢いでした部分もありましたよね。でも、2回目はやっぱり、子供もいましたし、かなりの覚悟と勇気がいる結婚でしたね。ただ、結婚が人生において大きな転機に繋がったということはなかったですね」 寺田理恵子(てらだ・りえこ) 1961年7月15日、東京都生まれ。聖心女子大学文学部卒業。A型。84年、フジテレビ入社。85~86年にバラエティ番組『オレたちひょうきん族』で2代目ひょうきんアナを務める。89年に結婚を期に退社、フリーとなる。98年に離婚。2000年に再婚し専業主婦として生活。しかし2012年に死別。2014年に復活。現在は朗読教室やアナウンススクールの講師を務めるかたわら、認知症サポーターとして朗読ボランティアや講演活動を行っている。 THE CHANGE編集部
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