『関心領域』グレイザー監督「映画は政治をラジカルに描くべきだ」
アウシュビッツをテーマにした『関心領域』は、米アカデミー国際長編映画賞を受賞するなど、世界的に高く評価されている。本作は監督のジョナサン・グレイザーが、アカデミー賞の受賞スピーチでイスラエルとガザの現状に触れたことでも大きな話題を集めた。これまでのホロコースト映画とは一線を画す斬新な手法で歴史の暗部に迫った本作について、英紙がグレイザーに取材した。 【画像】『関心領域』グレイザー監督「映画は政治をラジカルに描くべきだ」 英国人監督ジョナサン・グレイザー(59)の最新作『関心領域』(2024年5月24日より公開)は、アウシュビッツで起きた残虐な行為を映像ではなく、音で表現した驚くべき作品だ。 グレイザーが取材の場所に選んだのは、ロンドン北部のカムデンにある昔ながらのイタリアンレストランだった。温かい人柄のグレイザーは、魅力的な人物だ。彼はつつましい人でもあるようで、着ている黒のチノパンにはしわが寄り、茶色のレザーブーツは履き古され、青のジャンパーは肘が擦り切れて穴があいている。まるで往年のグランジロッカーのようないで立ちで、実年齢よりずっと若く見えた。 「私はこの辺りの学校に通っていました。ユダヤ・フリー・スクールという学校で、17歳のときにはカムデン・マーケットに出店したこともあります」と彼は言う。何を売っていたのだろう? 「古着とか、パイプとか、まあそんなものですね」 家庭でホロコーストについて、深く話したことはなかったという。自身の家族がホロコーストから直接影響を受けることはあったのかと尋ねると、彼はこう答える。 「ショア(ヘブライ語で『惨事』の意。主にホロコーストを指す)のトラウマはすべてのユダヤ人家族に直接、間接的に影響を与えています。私の家族も含めてね」
「加害者の視点」からホロコーストを撮る
私はまず、映画の出発点となったマーティン・エイミスの原作小説『関心領域』(早川書房)について質問した。小説と映画は、タイトル以外は異なる部分が多い。エイミスの文体は派手でときに官能的だが、映画にそうした要素はほとんどない。 本作が誕生したきっかけについて語りはじめたグレイザーは、「僕はずっとあるひとつの視点に集中しようとしていたんです」と口に出してから、注意深くそれを訂正する。これは、彼が話すときの癖らしい。 「いや、そうじゃないな。ナチスの視点、つまり加害者の視点から何かを撮るというアイデアに取り組んでいました。しかしその視点が、アウシュビッツという怪物の腹の内部からどれだけ離れた場所にあるのかはわかりませんでした」 エイミスの小説のなかでグレイザーは、アウシュビッツ強制収容所の所長ルドルフ・ヘスをモデルにしたパウル・ドル(映画では実名のルドルフ・ヘスで登場する)というキャラクターに感銘を受けたという。 「パウル・ドルが気になって、実在の人物であるヘスについての文献を読み漁りました。その多くはエイミスが執筆資料にしていたものでしたが、それにすっかり魅了されてしまい、もっと深く掘り下げたいと思いました」 脚本を書くにあたり、グレイザーは早い段階からこの映画を全編ドイツ語で制作すると決めていた。自身はまったく話せないにもかかわらずだ。当初は脚本を執筆するためにドイツ語を学ぶつもりだったが、挫折した。それでもドイツ語に翻訳した脚本を用いて俳優たちを演出することに、さほど問題はなかったという。 「言語を超える演技、言語に縛られない演技のなかには、真実にまつわる何か、あるいは真実らしく見えるものがあります。観客は、俳優の演技、もしくは演技ではない部分を信用します。そのとき言語は二の次です」 映画監督には、観客を深く刺激する責任があるとグレイザーは考える。 「映画は、その時代の政治をラジカルに表現するべきだと私は思いますし、そういう映画にこそ興味があります。できる限り大胆に、ラジカルに、政治的になるべきで、映画はその機会を与えてくれる場所でもあります。200人がひとつの部屋に集まって2時間も集中してくれるのですから、そこで何を語るべきかよく考えなければなりません。語ることもないのに、観客の時間を奪うわけにはいかないでしょう?」 私はこのとき初めて、のんきそうに見える元パイプの販売人から確固たるこだわりを感じた。だが、驚くことはない。あれほど重い題材を、あれほど大胆なやり方で表現するには、勇気と強さが必要だ。(続く) 同作は音だけでアウシュビッツ内部で起きていた暴力を表現するなど、革新的な手法でホロコーストを描いている。後編では型破りな撮影の過程や、ホロコーストの加害者、イスラエルとパレスチナの現状についてグレイザーが語る。
Raphael Abraham