元「人気アイドル」が殺害されるケースも… なぜか軽視されるストーカー被害 「痴情のもつれ」で片付けてはいけない理由
日本の芸能史で初の成功した多人数女性アイドルグループだとされる「レ・ガールズ」。その元メンバーである江美さんは、表舞台を去ったあと作詞家に転向し、中森明菜などの楽曲で活躍していた。しかし1988年、彼女は自宅でめった刺しにされ命を奪われてしまう。生前よりつきまといを受け、警察に相談もしていたにもかかわらず、なぜ防げなかったのか。ストーカー行為に対する世間の認識や法整備が進んでいなかった当時に起きた悲劇を振り返りつつ、あらためてストーカー問題を捉えてみたい。 ■今も相次ぐ「ストーカー犯罪」 日本で「ストーカー」という言葉が広まったのは90年代のことである。言語化されることでストーカー行為が社会問題として認識されたものの、法整備はなかなか進まなかった。そして、1999年に発生した「桶川ストーカー殺人事件」をひとつのきっかけとし、2000年にようやく「ストーカー規制法」が施行されたのである。 しかし、その後もストーカー犯罪は相次いでおり、殺人事件に発展するケースも見られる。2023年の「博多駅前女性刺殺事件」の犯人は、ストーカー規制法に基づく禁止命令を受けていたにもかかわらず、それを破って元交際相手の女性を待ち伏せし、つきまとった末に刺殺した。今年5月に起きた「新宿タワマン殺人事件」の容疑者にも、過去にストーカー行為があったことが報道されている。 法整備後ですらこの状況なのだから、昭和期にストーカー被害を防ぐことは簡単ではなかった。ここでは、あるショッキングなストーカー殺人事件を取り上げたい。被害者は、かつての人気アイドルグループのメンバーである。 ■グループアイドルの草分け的存在だった「レ・ガールズ」 現在、日本の女性アイドルシーンではグループが主流となっているが、2000年代以前は長らくソロアイドルの時代が続いており、歌って踊るアイドルグループは数が少なかった。 そんな中、60年代に先駆けとなる存在があった。それが1967年に結成された「レ・ガールズ」だ。西野バレエ団の有力メンバーで構成されたこのグループは、金井克子、原田糸子、由美かおる、奈美悦子の4名で活動を開始し、すぐに江美早苗が加入して5人体制となった。 高いアイドル性と卓越したパフォーマンス性を備えたレ・ガールズは、若者たちの支持を集めた。結成直後に日本テレビ系で冠番組『レ・ガールズ』がスタートし、1968年には主演映画『ミニミニ突撃隊』と『初恋宣言』(金井は未出演)が公開された。 また、1969年には主演ドラマ『フラワーアクション009ノ1』(フジテレビ系)の放送もあった。しかし、原田が引退することになり、1969年いっぱいで活動は休止となった。この元祖アイドルグループのメンバーのひとりが、約20年後にストーカー殺人事件の被害者となるのである。 ■屋上でしゃがみこんでいた犯人 1988年3月5日18時20分頃、東京都品川区のマンション10階の住人が、下の階で女性が悲鳴を挙げているのに気づいた。上から様子を伺うと、9階のベランダで、男ともみ合いになった女性が血まみれになって倒れ込むのが見えた。通報により、すぐに警察官が駆けつけた。 9階ベランダで倒れていた女性は登山ナイフのようなもので腹や胸などを20数カ所刺されており、近くの病院に運ばれたが、まもなく死亡が確認された。強い殺意が感じられる犯行だったが、そばに犯人らしき人物はいなかった。 しかし、マンション内にはいくつもの血痕があり、警察官がそれをたどっていくと、屋上で中年男が落下防止用の金網の外側にしゃがんでいるのを発見する。返り血を浴びた様子もあり、それが犯人である可能性は高かった。 ■殺人犯がマンション屋上に籠城 男は、飛び降りそうな仕草をしたり、あたりをウロウロしたりして、警察を挑発するように籠城を続けた。マンション周辺には人が集まり大騒ぎとなり、レスキュー部隊が飛び降りに備えてエアマットを用意するなどした。 6時間ほど経過し、時計の針が12時を回った。籠城男は面識のある警察官の説得に応じる形で金網を乗り越えて投降し、その場で逮捕された。男は50歳の音楽プロデューサーSで、殺された女性の元夫だった。 Sは登山ナイフのほかに、刃渡り20cmの牛刀も所持しており、「2年前から計画していた」と殺害を認めた。浴室の窓を破壊して室内に侵入、女性の体にナイフを滅多刺ししたのである。 事件の直後、メディアは男が籠城して騒動になったことを大きく伝えた。そして翌日になると、被害者に関する情報が報道されるようになった。 「被害者は元アイドル」(読売新聞) 「“ろう城”男に殺された女性 江美早苗さんだった」(朝日新聞) 殺されたSの元妻とは、レ・ガールズのメンバーだった江美早苗さんであることが明らかになったのだ。江美さんは以前より、復縁を求める元夫のSにストーカー的な行為を受けており、警察に相談もしていた。しかし、適切なサポートを受けることはできていなかった。