山本陽子さん急性心不全で死去 「徹子の部屋」出演したばかり ポルシェ911購入日本女性第1号
ドラマ「黒革の手帖」や映画「八つ墓村」などで知られる女優の山本陽子(やまもと・ようこ)さんが20日、急性心不全のため静岡県熱海市で死去したことが22日、分かった。所属事務所が明らかにした。81歳。東京都出身。葬儀は親族のみで執り行い、後日、お別れ会を企画するとしている。2日にはテレビ朝日系「徹子の部屋」に出演したばかりだった。昭和、平成、令和と三時代に渡る名優の急死に芸能界には悲しみが広がった。 【写真】圧倒的美貌と確かな演技を披露する山本陽子さん 各時代を彩った名優がまた1人、天国へと旅立った。所属事務所代表取締役で山本さんの甥にあたる日塔謙太郎氏が「帰宅直後の急性心不全」と発表し「亡くなる数時間前まで一緒におり、いつもと変わらぬ様子で帰宅の途へついた」「私自身いまだに信じられません」と説明した。 高校卒業後、証券会社に勤務。1963年に日活ニューフェイスに合格し、芸能界入りした。70年代にはNHK大河ドラマ「国盗り物語」などヒット作に出演。NHK銀河テレビ小説「となりの芝生」では主演を務め、確固たる人気を築いた。80年代以降もテレビ朝日「黒革の手帖」やNHK「カイワレ族の戦い」など多数のドラマで主演。舞台にも力を入れ「おはん」の演技で94年に菊田一夫演劇賞を受賞した。 「黒革の手帖」では銀行員から銀座のクラブホステスとなった元子を演じて話題に。2004年のリメーク版では、元子を育てる老舗クラブのママ役を務め、かつての自身の役どころを演じた米倉涼子に「もっと悪女になってほしい」とエールを送っていた。 78年に死去した田宮二郎さんと交際が報じられるなど多くの恋愛も経験したが、生涯独身を貫いた。熱海には70歳を期に移住。ウオーキングを日課とし、自炊生活を送り健康を維持してきた。入院や手術は一度もなかったといい、2日に高橋英樹と出演した「徹子の部屋」では「健康である限り、いろんな役に挑戦していきたい」と語ったばかりだった。 和服の似合う凜(りん)としたただずまいの一方で、車好きとしても知られた。20代後半には憧れのポルシェ911Sを購入し、日本女性で第1号になった逸話を持つ。ジャガーは何台も乗り継いだほどのお気に入り。ゴルフ、絵画、乗馬と趣味は多彩で、アクティブな日々を送っていた。 4月には舞台「そして誰もいなくなった」への出演を予定していた。「稽古を間近に控え、台本と向き合う日々でした」と近況を明かした日塔氏は「常に傍らにいた私から見ても最期の瞬間まで自由に生きた幸せな人生でした」と故人を思いやった。この日、最期の時を過ごした熱海には、悲しみの雨が降り注いだ。 ◆山本 陽子(やまもと・ようこ)1942年3月17日生まれ。東京都出身。証券会社に勤務後、63年に日活ニューフェイスに合格。64年に映画「抜き射ちの竜 拳銃の歌」で頭角を現した。71年に「放浪記」で初舞台を踏み、94年に「おはん」の名演で菊田一夫演劇賞を受賞した。「山本海苔店」のテレビCMで67年に専属モデル契約を結び、09年には世界最長記録のギネス世界記録に認定された。趣味はテニス、乗馬。A型。