ベトナムで「売れるワケない」中国EV、それでもベトナム市場に出ていくしかない中国EV企業の危機的状況
(川島 博之:ベトナム・ビングループ、Martial Research & Management 主席経済顧問) 【本記事の写真】ベトナムのEVメーカー「ビンファスト」の電気自動車タクシー 中国のEV産業がベトナムに攻勢をかけている。中国のEVメーカーである比亜迪(BYD)はベトナムで5月から2モデルを発売すると発表した。広汽埃安(AION)も6月からEVを2モデル発売する。すでに上汽通用五菱汽車(SGMW)はベトナムでの販売を行っており、ベトナム市場に参入する中国のEV企業は増すばかりである。 販売ばかりではない。中国奇瑞汽車(CHERY.UL)はベトナムのゲレシムコ・グループとEVを生産する合弁会社を設立すると発表した。奇瑞汽車の出資金額は8億ドル、工場は中国から近い北部海岸沿いのタイビン省に造る。BYDも昨年(2023年)ベトナムでのEVの生産を開始すると発表している。中国のEV各社はベトナムでの販売や生産に力を注いでいる。 その進出はベトナムでのEV販売とともに、米国やヨーロッパが中国製のEVに関税をかけた場合に、ベトナムから米国やヨーロッパに輸出することを考えたものであろう。中国自身がチャイナ・プラス・ワンを実践している。 ■ 短期間で成功する確率は「ほぼゼロ」 ベトナムは中国のEV産業がベトナムに参入することを認めているが、米国やヨーロッパが本気で中国製EVの規制に走った場合、その巻き添えを食らう可能性がある。中国が言うままに投資を受け入れていると、将来の火種になりかねない。
ベトナムではすでにベトナム企業であるビングループ傘下のビンファスト(VinFast)がEVを生産している。ビングループはタクシー会社を設立したが、現在、そこで使用されている全ての車はビンファストのEVである。ただハノイやホーチミン市でビングループのタクシー以外、EVを見かけることはほとんどない。ベトナムでEVが普及し始めたとは言えない状況にある。街に充電スタンドはほとんどない。 前回の本コラム(「自動車市場も大崩壊、ベトナムの深刻な不況が映し出す『中国頼み』東南アジア経済の転換点」)でも指摘したように、不動産バブル崩壊によってベトナムの景気は低迷しており、自動車販売も低迷している。ベトナムの一人当たりGDPは4000ドルを超えて自動車販売が急増する段階に差し掛かっているが、それでも安価なガソリン車でさえ販売台数が伸びていない。 そのような状況下で中国製のEVが売れるとはとても思えない。ビンファストのEVの販売も苦戦している。付け加えるなら、ベトナム人は日本人以上に中国を嫌っている。中国製の車を喜んで買うベトナム人など、まずいないと言ってよい。 現在ベトナムと中国は蜜月状態にあるが、その最大の理由はグエン・フー・チョン書記長が親中派であるためとされる。ただ書記長の胸の内は分からない。政権基盤の弱い書記長は中国の支援によって政権を維持しており、その見返りとして親中派を表明しているに過ぎないとの見方もある。両国の間には南シナ海の領有権での対立があり、その関係は決して良好ではない。 このような背景があるために、中国のEV産業がベトナムに進出しても、短期間で成功する確率は低い。ゼロと言っても良い。遠い将来を見据えての投資であろうか。