最後になった「ばいばい」 冷たかった娘の手 池袋暴走、遺族の5年
朝、自宅を出て仕事場に行く。今は静かな部屋。鉄製のドアノブを握って閉め、足早に向かう。 【写真】親族の運動会に一家で応援に行ったときの一コマ。事故の半年ほど前、2018年10月に撮影された=松永さん提供 5年前のあの日。妻と3歳の長女はいつも通り、自分を玄関まで見送ってくれた。 「ばいば~い」。娘は手を振る代わりに、こちらにおしりを向けて揺らした。「マイブーム」らしい。 正午。職場から日課のビデオ通話をすると、チューリップハットにデニムの服を着た娘が映った。お気に入りの公園に遊びに来ているという。 「パパ、きょう定時なの?」。残業せずに帰るよ。今日も絵本読もうね。そう話した。 昼休憩が終わって仕事に戻ったころ、スマホが鳴った。表示は「非通知」。警察だった。 「奥様とお嬢さまが事故に遭われました」 容体を聞いた。相手は答えず、すぐに病院へ向かうよう促すだけだった。職場に事情を話し、電車に乗ったところでスマホが震えた。 ニュース速報:池袋で発生した事故 30代くらいの女性と3歳くらいの女児が心肺停止 どうやって病院へ行ったのか、今も思い出せない。 案内された部屋。2人が横たわっていた。顔の布を取ると、妻だった。隣の小さな顔の布を取ろうとすると、看護師に止められた。布の下の顔は、形が変わってしまっているのがわかった。手を握ると、娘だった。冷たく、硬くなっていた。 ◇ 2019年4月19日、東京・池袋で高齢者が運転する自動車が暴走し、12人が死傷した。妻の真菜さん(当時31)と長女の莉子ちゃん(同3)を失った松永拓也さん(37)はそれから5年、事故防止を訴え続けてきた。高齢者運転対策で法律は改正されたが、今も事故は絶えない。(御船紗子)
朝日新聞社