二十四節気「雨水」季節の変わり目、感じる心の豊かさを養う時間の大切さ
二十四節気の節目を意識しながら日々思うことをエッセイと近況スナップで綴るモデルSHIHOの「SHIHO’s FLOW LIFE」、今回は雨水。四季の移ろいに目を向けて感じる心の豊かさを養う時間をも大切さを感じます。 【写真】40代のライフスタイル
雨水
うすい。降る雪がいつしか雨に変わり、積もった雪や氷が溶け始めるころ。大地がゆっくりとうるおい始め、春の気配に草木が芽吹き始めるのがこのころ。雨水の時期が、農耕の準備を始める目安とされている。2月19日~3月4日。
「雨水」と聞くと6月の梅雨のような情景を思い出しますが、この時期は、厳しい寒さから暖かくなるにつれて雪が雨に変わる雪解けのことを指すそう。昔のかたは、季節の移り変わりを美しい言葉で表現されていて、本当に素敵。 ほかにも、雪の変化を表す季語もたくさんあって、雪が花弁のように大きくはらはらと舞い落ちる「花弁雪」、牡丹の花弁にたとえたのが「牡丹雪」、春先に降る、うっすらと積もってすぐに溶けてしまう雪を「淡雪」、雪と雨が同時に降る「霙」、雨が糸を引くようにしとしとと細く降る「春雨」などさまざま。 日常を振り返ると、そんな繊細な季節の移り変わりや情景をゆっくりと眺めるどころか、日々のスケジュールや、やるべきことに追われ、誰かと会っておしゃべりすること、何かを観に行くこと、携帯の画面に時間を奪われていることに気づきます。時間の使い方は人それぞれですが、昔のかたがたは、ひとつの光景をゆっくりと眺めて心を養う、うるおわせる時間の使い方をされていたんだなあと思います。なんでもない空白の時間をもつことや、四季の移ろいに目を向けて心の豊かさを養う時間をもつ大切さを感じますね。 先日、友人たちと新しくできたレストランへ行ってきました。フレンチイタリアンのミックス料理でとてもおいしかったのですが、少し塩味がキツくて味が‘直接的’という印象だったのです。その時にみんなと話していたのが、一皿一皿が完璧なまでに味を盛りつけた足し算なものよりも、素材が活かされて引き算された、よりシンプルなものが、今の気分だね!という感想だったのです。 それはまさに、日本の「侘び寂び」のような世界観を感じられるひととき。「侘び」=慎ましく、質素なものにこそ趣があると感じる心や「寂び」=時間の経過によって表われる美しさを感じられるさま。 日本の素晴らしいシェフのかたがたのお食事をいただくと、食材やお料理への細かなこだわりや配慮、下ごしらえ、そこに向き合う時間や真心、想いがひしひしと伝わる繊細な一品に出会う機会が多い気がします。ただおいしいだけではなく、いただいた時に舌が感じる、心が癒される、綻ぶような至福を味わうと、本当に感動しますし、その繊細な感覚に触れる機会に恵まれると、日本人に生まれてよかった!と思う瞬間だったりします。 それって人を思いやる気持ちや「おもてなし」にも通じるのかな、と思うんです。自分の想いや気持ちを押し付けるのではなく、相手の気持ちになって考えてみたり、想いを馳せて自分には何ができるかなって考えたり。そんな気持ちや時間的な余裕をもつこと、隙間をつくることが必要だなあ、なんて最近はよく感じています。 厳しい冬から暖かな春へと季節の移ろいが美しいこの時期。皆さんはどんなことに目や心を向けていますか?