岸田首相記者会見:『名目値』に目を奪われず、経済の『実質値』を高める成長戦略の推進を
岸田首相記者会見:『名目値』に目を奪われず、経済の『実質値』を高める成長戦略の推進を
3月28日に2024年度予算が成立したことを受けて、同日夜に岸田首相は記者会見を行った。岸田首相は、中小・零細企業も含む賃上げの重要性を改めて強調した。政権発足以来、賃上げを重視してきたことを改めて説明したうえで、過去には生産性上昇率が高まった時期にも、賃金が上昇しなかったとして、生産性向上よりも賃上げを起点とする政策が重要であることを力説したのである。 さらにこの点に関連して、今年中に(可処分)所得が物価を上回ること、来年には賃金が物価を上回ることを、国民に対する「2つの約束」として掲げた。 しかしこの議論は正確性を欠いているようにも感じられた。生産性上昇率は「実質」の概念であるのに対して、賃金上昇率は「名目」の概念であり、両者を単純には比較できない。労働生産性上昇率、および全要素生産性上昇率(TFP)は、90年代初頭以来一貫して低下してきた。それでも労働生産性上昇率は小幅プラスを維持していると見られる。 他方、この間も、実質賃金上昇率のトレンドは、労働生産性上昇率のトレンドに見合ってプラスを維持してきたとみられる。名目賃金上昇率が上昇しない、あるいは低下した局面は、物価上昇率が下振れた時期であり、その時期でも実質賃金上昇率のトレンドはプラスを維持してきたのである。 個人の生活にとって重要なのは、実質賃金上昇率が高まり、生活の質が改善していく、あるいは将来の生活への見通しが明るくなることだ。それには、労働生産性上昇率が高まることが欠かせない。それがない中で、賃金交渉に政府が介入して賃金上昇率を高めても、それは持続しない。 労働生産性上昇率を高め、実質賃金上昇率を高めることを目指す政策として、岸田政権は三位一体の労働市場改革を掲げてきたはずである。少子化対策後の経済政策の柱として、労働市場改革に向けた意欲を、記者会見では語って欲しかった。
岸田政権下で「デフレ完全脱却」宣言は難しい
他方で岸田首相は、「デフレ完全脱却」はまだ道半ばであるが、抜け出すチャンスを掴めるか、後戻りしてしまうか、数十年に一度の正念場にあるとした。日本銀行は2%の物価目標達成が見通せた、と宣言したが、政府は「デフレ完全脱却」をまだ宣言できない。そもそも日本銀行の2%の物価目標とは異なり、政府の「デフレ完全脱却」の状態とは、定量的には表現できない概念だ。 岸田首相は、今までの岸田政権の経済政策の成果をアピールするため、4月の補選の前のこの時期に、「デフレ完全脱却」を出したかったのではないか。しかし、それは国民からの強い反発を受け、政治的には失点となりかねないため、断念せざるを得なかった可能性が考えられる。 春闘で賃金が大幅に上振れ、1月まで22か月連続で、前年同月比で低下を続けている実質賃金上昇率が、今年後半にはプラスに転じる見通しとなったことは、「デフレ完全脱却」宣言を出せる環境が一つ整ったとはいえるだろう。しかし、それでも、国民の物価高への警戒感はなお強い。また、実質賃金がプラスに転じるとしても、2022年以来5%程度も大幅に低下した実質賃金の水準が、それ以前の水準を取り戻すまでには、なおかなりの時間を要するはずであり、個人の所得環境への不安は解消されない。 また、「増税」のイメージがついてしまった岸田首相が「デフレ完全脱却」宣言を出せば、それは増税への地均し、との警戒が国民の間で強まり、岸田政権が批判を受けてしまう可能性もあるだろう。 こうした点から、岸田政権の下では、「デフレ完全脱却」宣言を出すことは、難しいのではないか。