「ここで俺の人生は終わるんだな」 タケノコ採り中にクマ遭遇、至近距離で睨み合った男性が“無傷”で生還できたワケ
即席のタケ槍でクマを撃退
膠着状態が続いている間に閃(ひらめ)いたことがあった。 いちばん上に着ていたヤッケの胸ポケットにはタバコとライター、携帯電話、それにカッターナイフを入れてあった。クマの目から目を逸らさないようにして、まずはそーっとタバコを取り出し、ライターで火をつけた。それをクマの目の前にポンと放り投げたのだ。 「だけどヤツは瞬きひとつしませんでした」 こりゃあダメだと思い、続いてカッターナイフを取り出した。藪をこぐときに蔓を切るために持っている、厚手の刃のカッターナイフである。いつもはザックのポケットに入れているのだが、屈んだときに落としてしまうことが続いたので、そのときにかぎってヤッケの胸のポケットに入れてあった。 ポケットから取り出したカッターナイフの刃を半分だけ出して、「さあ、どこをやろうか」と考えた。いちばん至近距離にあったのはクマの鼻先だった。腕などを切りつけても効かないだろうから、鼻を狙うことにした。刃を全部出さなかったのは、万が一折れてしまったときに二度目の攻撃ができなくなってしまうからだ。 カッターナイフを握った右手をそーっと前に出して、一気にサッと切りつけた。充分に手が届く距離だったので、「絶対にやれるよな」という自信はあった。 「ところが、クマの機敏さはボクサー以上。当たる寸前でひょいとかわされました。2、3回切りつけたけど、みごとに全部かわされてしまいました。あんまりやると、間合いを見切られて反撃されるなと思い、諦めてまたにらめっこにもどりました」 もしクマが襲いかかってきたら、左腕に噛みつかせて、カッターナイフで腹でも胸でも切りつけられるところを切りつけようと考えていた。ただ、運がよくてもタダですむはずはない。たとえ死を免れることができたとしても、重傷を負うのは間違いないだろうと思っていた。 次に思いついたのは、「ササの槍で攻撃してみてはどうか」ということだった。ササといっても、根元のほうの太さは直径1.5センチぐらいあるので、先を研げばタケ槍になる。ササは周囲に掃いて捨てるほどあった。 睨み合ったまま静かにササを1本つかみ、カッターナイフで根元からスパッと斜めに切った。そのササを手前に持ってきて、さっ、さっと先端を研いで尖らせた。タケ槍を右手に持ち変えると、先ほどと同じようにそーっとクマの近くまで差し出していって、目を狙って一気にどんと突き刺した。 「手応えはありました。たぶん右目の下の頬のあたりに刺さったと思います」 いきなり一撃を食らって驚いたクマは、ガサガサとあとずさりしていった。だが、すぐに「フゥーッ、 フゥーッ」と威嚇しながら、再びもとの位置までもどってきた。それを見て、思わず声に出してこう言った。 「いっや、おめーもしつこいな」 退散しないクマに、いったんは「ダメか」と落胆したが、「いや、もう1回」と気を取り直した。 再度、気持ちを集中させると、握りしめたタケ槍を顔めがけて思い切り突き刺した。2回目は、1回目よりも手応えは鈍かった。しかし、運よく目のすぐ下の柔らかいところに刺さったようだった。 クマは再びガサガサとあとずさりしていき、「またもどってくるのかな」と身構える袴田にくるっとお尻を向けたかと思うと、一目散にその場から逃走しはじめた。 「よっしゃ、やった!」 袴田は心の中で快哉の声を上げながら、逃げていくクマのうしろ姿を見えなくなるまで見送ったのち、急いで斜面を這い上がっていった。 「また追いかけてくるかもしれないので、タケ槍は持ったままでした。うしろを確認しながら必死に逃げたので、滑稽な格好だったと思いますよ。もしビデオに撮っていれば、あとで見て笑えたんじゃないかなあ」 ササ藪から抜け出たときに、ようやく「助かった」と思った。 (続)
羽根田 治