情熱の実(11月19日)
常緑の葉に鮮やかな黄色が映える。ユズがたわわに実る初冬の風景を古来、人々はめでてきた。〈古家や累々として柚子黄なり〉。俳人・正岡子規も心を揺さぶられた一人のようだ▼楢葉町はかつて「ゆずの里」と呼ばれた。40年ほど前から産地化を進めてきたが、13年前の原発事故で途絶えかける。災禍に負けじと一部の農家が地道に栽培を続けた。思いは周囲を動かし、今年に入って生産振興組合が発足した。有志36人が苗木の定植、剪定[せんてい]といった技術を高め合い、再興を見据える▼収穫期を迎え、組合長の男性は一つ一つを慈しみ、枝から切り取る。多くの人の手に届けようと、調味料や飲み物の産品開発にも思いを巡らせる。「日常の食卓で当たり前のように食してほしい」。豊かに実るユズ畑が町のあちこちに広がり、人々の暮らしに溶け込む風景を思い描く▼果実の爽やかな酸味と香りは、料理のうまみをぐっと引き立てる。サンマの塩焼き、寄せ鍋、漬物…。思い浮かべただけでも、食欲がわく。好物なのか、子規は多くのユズの句を残している。〈柚味噌買ふて吉田の里に帰りけり〉。懐かしい風味を求めて、さあ帰ろう。黄色に染まる、ゆずの里へ。<2024・11・19>