ヤマの暮らしの記憶をいまに 福岡県田川市の炭鉱住宅モニュメント
しかし世界遺産登録はかなわず、建物の維持管理といったコスト面の問題もあり、保存は困難に。「ハーモニカ長屋」とも呼ばれた炭鉱住宅は、2011年にはすべて取り壊された。
解体から3年後の2014年、長さ24メートル、高さ4メートルほどの記念碑が制作された。実現を後押ししたのは、やはり市民の声だったという。当初は、壁にガラスパネルを採用する案や、コンクリートを茶色に塗る案も検討されたそうだ。
往時の暮らしを感じてほしい、と設計されたモニュメント。地面には異なる色の石を並べて、炊事場や居間といった間取りを示し、炭鉱住宅の生活空間を体感できるようにしている。
雲の合間から光が差すと、鉄骨の枠が地面に影を落とす。在りし日のシルエットが浮かび上がり、かつての等身大の日常を、アートが伝えているようでもあった。
地面に描かれた抽象的なレイアウトも、市石炭・歴史博物館に再現された長屋の間取りを目にすると、その輪郭がより確かになる。博物館ではマネキン人形が"肉声”を発し、炭鉱労働者の日々の暮らしを感じることができた。
時代を超えた"宝物"
モニュメントの近くには、美術館や図書館、新たに建てられた市営住宅のほか、美容院、おしゃれなカフェなどが並ぶ。この一帯に、長屋が密集していたことを想像するのは難しい。最もにぎやかだった70年ほど前の面影を求めて、しばらく周辺を歩いてみたが、見つけることはできなかった。
平日の昼間、広場周辺は人通りも少ない。取材を終え、帰り支度をしていると、親子連れの姿が目に入った。福岡市から訪れて、たまたまそばを通り、「なんだろう? 不思議なものがあるな」と立ち寄ったのだという。 「筑豊の歴史をモニュメントとして残すのは興味深いです。アートが映えて、すてきですね」。壁の裏面には、煙突や竪坑櫓をモチーフにしたトリックアートが描かれている。子どもたちが歓声を上げながら、作品に駆け寄っていた。
この壁には、かつて長屋に住んでいた子どもたちが無邪気に遊ぶ写真も掲げられている。トリックアートの前で跳びはねる現代の子どもたちの姿を重ね、時代を超えて変わらない“宝物”を見つけた気がした。
読売新聞