日韓「歴史戦」の舞台となってしまった世界遺産 先行する政治的思惑、ユネスコは危惧 「文化の多様性認める」との理念、守れるか
「歴史戦を挑まれている以上避けることはできません」。2022年1月27日、元首相の安倍晋三がフェイスブックに書き込んだ一文が注目を集めた。 「佐渡島(さど)の金山」(新潟県佐渡市)の世界文化遺産登録を巡り、朝鮮半島出身者の強制労働があったと韓国が強く反発し、日本政府は国連教育科学文化機関(ユネスコ)への推薦見送りを検討していた。自民党内の「弱腰だ」という批判を背景に、安倍は「歴史戦」という言葉を用いて韓国に対抗する意思を示した。 政府は一転して世界遺産への推薦を決め、保守派を中心に、繰り返し「歴史戦」が叫ばれた。世界遺産は、歴史認識に関する日韓対立の現場となっていった。「世界遺産とな何なのか」という疑問とともに、対立の現場を歩いた。(共同通信=佐藤大介、敬称略) ▽「地域経済を押し上げる」との期待と「歴史の片面しか示していない」という批判 新潟港からジェットフォイルで揺られること約1時間。佐渡島の玄関口、両津港からレンタカーで30分ほど走ると、佐渡市議会の入る建物に着いた。その入り口脇に事務所を構えるのが「佐渡を世界遺産にする会」だ。新潟県議会議長も務めた会長の中野洸は「四半世紀の悲願が実った」と、満足そうな笑顔を見せた。
佐渡金山は文化審議会の推薦候補選考に4回落選していた。5回目の挑戦で政府や県などは「技術発展の歴史が16世紀後半から20世紀後半までに凝縮されている」としていた佐渡金山の価値を、江戸時代のものだけに変更した。 政府は2022年2月にユネスコへ推薦書を提出したが、書類不備を理由に審査を進めず、23年1月に再提出する異例の経緯をたどった。政府関係者は「日韓対立が世界遺産の議論の場に持ち込まれ、政治利用されることへのユネスコの危惧が影響したのだろう」と明かす。 中野は、世界文化遺産の登録が「地域経済を押し上げるきっかけになる」と期待する。韓国の批判は「江戸時代と強制労働は関係ない」と突っぱね、こう述べた。「日本は過去の歴史を忘れるべきではないが、韓国は過去を忘れることも大切だ。それが日韓関係改善につながる」 だが、元佐渡市議の小杉邦男は「世界遺産登録は大賛成」としながらも、「過去の強制労働を無視するのは、歴史を片面だけで見ることになる」との理由から、江戸時代に限定しての推薦に疑問を呈する。