物理学の大問題に関係している可能性がある「重要な法則」、「熱力学第二法則」とは何なのか?
熱力学第二法則と時間の向き
物理法則に支配された現象には時間を「逆回し」することができる現象とできない現象がある。たとえば、太陽系の中の星の運動は前者だ。太陽の周りの惑星の公転運動、個々の惑星の自転運動は逆回りの世界を想定しても何も問題はない。 だが、低温の物体から高温の物体に熱が勝手に移動することはありえないので、もし、水の中に浮かべた氷が融ける様子を撮影し、逆回しで再生したらありえない映像ができ上がるだろう。その意味では熱力学第二法則は「時間の向き」を決める重要な法則のひとつである。 つまり、熱力学第二法則は単に熱力学の中の重要な法則というだけではなく、時間の向きという物理学の大問題に関係している可能性がある、重要な法則なのである。 なぜ、熱が勝手に低温から高温に移動することができないかはまだ完全にはわかっていないがいくつかの説がある。ひとつは乱雑さに関係しているという説である。 氷と(液体の)水を構成する個々の分子を見ると氷の中の分子のほうが水の中の分子よりエネルギーが小さい。そこで水と氷の入ったコップ全体を見るとエネルギーの小さい分子が1ヵ所に固まった偏った状態になっている。個々の水の分子からすると、氷の中にいる道理はなく、水の中にも自由に出ていけるはずだ。 だから十分時間が経つとエネルギーの大きい分子も小さい分子もコップの中で一様に分布する状態になるはずである。これが氷が融けてコップの中の水の温度が一定になったという状態であり、つまり、熱力学第二法則は乱雑さが増大することと等価だ、という考え方である。 一見これでよさそうだが、この説明にはひとつ問題がある。個々の水分子の運動を、太陽系の中の星の運動を逆転させたときのように逆転させることはいつも可能なはずだ。だが、これをやってしまうと氷が融けた状態から出発して、水と氷に分かれた状態になることが「あり」になってしまう。それは絶対起きないというのが熱力学第二法則なのでちゃんとした説明としては不十分である。 現実問題として、放っておいたら水と氷に分かれるような運動状態に偶然水分子のすべてがなることはほぼありえない。ほぼこれで熱力学第二法則が正しいという説明になってはいるものの、氷が融けてできた水から、また氷に戻ることは絶対に起きないと、すべての場合に証明できた人は残念ながらいない。 * 【つづき】〈なぜ「マクスウェルの悪魔」は実現不可能なのか? …マクスウェルの悪魔のパラドックスはどう解決されたのか〉では、「マクスウェルの悪魔」のパラドックスについてくわしくみていきます。
田口 善弘(中央大学理工学部教授)