戦後ドイツはナチス時代を反省したのか? 政府が「多くの党員を免責した」理由
過去を反省したのか
戦後ドイツの物語の1つ目の柱は、徹底的にナチスを批判するということです。 ところが、ナチスとは一体誰のことを指すのかがよくわかりません。戦争敗北後、ドイツのニュルンベルク裁判で有罪になったナチス党員がいました。アドルフ・アイヒマンやオットー・フンシェのように1960年代になってもナチスの高官は逮捕され裁判にかけられました。 でも、どれだけの元ナチス党員が戦後もそのまま普通に生活していたか。これはオーストリアやフランスと同様、ナチスの党員だった800万人の全員を何らかのかたちで処罰したら国が回らなくなってしまうからです。 冷戦が進む中で、アメリカがドイツを再建してソ連に対する最前線の防衛を担ってもらおうとしたこともその背景にありました。この米独合作でつくられた物語によって、一部の人間のみをナチスとして裁き、多くのドイツ人の犯罪は「忘却」されるのです。 こうして徹底的な非ナチ化ができず、ナチスの一部をスケープゴートにして多くのドイツ人は善良であったとする脚本はアメリカが描いたものといっていいでしょう。1950年代のアメリカ映画には悪としてのナチスと善良なドイツ人という二項対立で描かれた作品があります。 ちなみにその影響を日本のアニメ『宇宙戦艦ヤマト』も受け継いでいます。ゲールというヒラメキョロメ*でデスラー総統へのゴマスリしか考えてない副官が、武士道に則ってヤマトに対して正々堂々と戦おうとするドメル将軍の足を引っ張る姿は、『宇宙戦艦ヤマト』を観た人は記憶にあるでしょう。これが有名な「クリーンなドイツ国防軍」という神話のモチーフです。 (*宮台真司氏がよく使う用語。上の地位に媚びるヒラメ、横に合わせて同調圧力に屈するのがキョロメ。) 実際にはドイツ国防軍も戦争中は残虐な行為を繰り返していたし、何よりドイツ国防軍とナチスをどうやって区別するのかということも定かではありません。だけれども、これを表立って指摘することは戦後のドイツ国民の物語を批判することになるので隠さざるを得ません。 戦後ドイツの物語の2つ目の柱が、ホロコーストを徹底的に反省することです。 ナチス=ドイツが裁かれたニュルンベルク裁判でも、日本の戦争犯罪者が裁かれた東京裁判でも、戦争犯罪についてABCの区分が設けられました。 ABCは優劣を分ける基準ではありません。A級戦犯は、侵略戦争を始めたことに対する罪、B級戦犯は戦場で国際法に反したこと(残虐な行為)への罪、C級は人道に対する罪(ホロコーストに関する罪)です。日本にはユダヤ人虐殺はなかったのでC級戦犯がいないのです。 さて、ドイツが採った戦略はC級、つまり、ホロコーストへの罪を自ら認め反省するということを強調してA級、B級に対する罪を後景化することです。戦争を始めたのも戦場でひどいことをしろと命令したのもヒトラーとその側近だけだよ、としてほとんどのドイツ人を免責したわけです。 ユダヤ人に対するホロコーストへの反省として、第二次世界大戦後に成立したユダヤ人国家イスラエルに対して西ドイツは謝罪をしますが、その裏でイスラエルへの武器輸出によって経済復興に弾みをつけようとしたことも明らかになっています。 ドイツと違って日本は武器輸出について非常に抑制的ですが、ドイツはウクライナ戦争において武器を供与するなど武器輸出について日本のような原則はありません。このことをわかっていないと、ドイツは第二次世界大戦の責任をとって謝罪や補償をしていると勘違いをすることになります。 人道に対する罪に対し、謝罪をしてユダヤ人には補償はしましたが、ユダヤ人以外にはしていません。冷戦終結後にポーランドやチェコとは和解して基金をつくり、そこから補償することになりましたが、わずかな金額です。第二次世界大戦のときですらこの塩梅なので、かつてのドイツの植民地支配に対する補償についてはいわずもがなです。 ドイツは第一次世界大戦ですべての植民地を失いますが、ナミビアやルワンダなどがドイツ領でした。ナミビアは長く植民地下でのドイツの虐殺行為(ヘレロ=ナマの抵抗を鎮圧)に対してドイツ政府へ補償を求めていました。 2021年になってドイツ政府が虐殺の事実を認め、約1500億円の復興援助を行なうと決めましたが、あくまで復興援助であって補償ではありません。タンザニアでも、1905年に起きたマジマジの乱を鎮圧し多くの死者を出したことに対して、2023年に謝罪はしますがやはり賠償には応じていません。
荒巻豊志(東進ハイスクール講師)