【ひねもすのたりワゴン生活】滋賀から城崎、そして神戸 5日間1500㎞のクルマ旅 その5
その店までは、やはり徒歩で5分ほどだった。寿司店としては大きな建物で、人気のほどが伺える。私の訪問を知った例の友人が大将に電話を入れてくれたようで、名を告げるとカウンターに通され、丁寧な挨拶で迎えられた。友人によれば、滋賀の食材に精通した店で、彼が四季折々にこの店で楽しむ滋賀の味、琵琶湖の幸をSNSで見ていたものだから、期待は膨らむばかり。 そして、渡された品書きを開くと、そこには長年恋慕した魚の名が記されていた。まさか、この夜に会えるとは…。
「イワトコナマズ」。琵琶湖特産のナマズで、その名の通り、底が岩や砂利などの澄んだ水域にしか棲まないといわれ、広大な琵琶湖でも湖北の奥のほうで獲れるらしい。国内淡水魚でも屈指の美味と称されるが、獲れる数があまりにも少なく、料理関係のメディアでも取り上げられることはほとんどない。
昔、取材で奥琵琶湖の漁師の民宿に何度か泊まったが、この魚だけは口にすることができなかった。もちろん、地元の鮮魚店でもコアユやビワマス、ホンモロコなどは見かけるが、イワトコナマズを見たことはない。
それが、さらりと品書きに載っていた。思わず声を上げたら、板前が不思議そうに微笑むので、長年食べたかったことを伝え、「湖北の宿でもなかなか手に入らないと言ってました…」と奥琵琶湖の件を話すと、「よく分かりませんが、出入りの漁師さんが持ってきてくれるんですよね」と、笑った。それが謙遜であることくらい私でも分かる。長年の信頼関係と店の格が為せる技なのだろう。
さて、お目当てのイワトコナマズはお造りで現れた。透明感のある白身で、品のあるさっぱりした涼しい味だが、噛み締めると淡い甘みが滲んできて、なんとも幸せな気分になる。同じく琵琶湖の美味、ビワマスのとろりとした旨みとは対照的だ。
琵琶湖の味をもういくつか楽しみたいと思っていたら、「じょき」を勧められた。もちろん見たことも聞いたこともなかったが、この一帯に伝わるフナ料理の一種で、皮ごと薄造りにしたものだという。アユの背越しのようなものと思っていただければよく、身を切る時に響く音がその名の由来らしい。「生姜などを和えるんですが、漁師さんは山椒で食べます。それも美味しいですよ。どちらにしますか」と板前さん。そりゃ、選べないなぁ………悩みに悩んでいると、「じゃぁ、少しずつ両方お出ししますよ」と、粋な対応。それにしても、フナといえば甘露煮が一般的だが、同じく琵琶湖の名物料理である黄身まぶしにしても、このじょきにしても、生で供されるわけだから、清冽な水で育ったものでなければ食べられたものではない。奥琵琶湖の恵まれた環境に感謝しながら、箸を進めた。