インバウンド需要拡大が抱える光と闇…不安定・低賃金の雇用創出が問題になり得るなか、目指すべく「長期滞在して何度も訪れたい」街になるための8つの指標
日本経済の起爆剤として数年前から期待されていたインバウンド消費ではあるが、観光庁の発表によると2023 年の訪日客消費は約5.3 兆円だった。こんなにも大きな経済効果をもたらしているインバウンド。とはいえ、オーバーツーリズムの問題など、外国人観光客に日本経済を委ねすぎることはリスクも生みかねない。果たしてインバウンド戦略は適切な戦略なのか。また、今後どのように展開されるべきなのか。『コロナショック・ドクトリン』(論創社)の著者で、立命館大学経済学部教授の松尾匡氏に聞いた。 【画像】理想的なインバウンドの観光地として知られるあの地方都市
インバウンド需要が80万人の雇用を創出する
今年に入り、さらに加速しているインバウンド消費による経済効果の大きさについて、松尾氏はその経済効果は小さくないと評価する。 「昨年度の私のゼミの卒業生が『もし移動の容易さがコロナ禍前と変わらなかった場合、2022年にどれだけのインバウンド消費があったのか』について、各国の為替レートやGDPから推計したところ、その額は6兆円を超えました。 なにより、卒業生の推計では、インバウンド消費によって直接、間接を含めて80万人の雇用が生まれる計算になっています。日本の主要産業である鉄鋼や半導体製造装置の輸出額はそれぞれ4兆円ほどであることを鑑みると、昨年の5兆円という額はそれなりに大きな数字です」
雇用創出にひそむワナ
雇用創出に大きく寄与することはわかったが、それは決して喜ばしいことではないという。むしろインバウンド需要による雇用創出はデメリットにもなりかねないと指摘する。 「少子高齢化の加速に伴い、介護や医療などといった福祉分野に関連する労働需要は今後莫大になります。そんなタイミングで、インバウンドから波及する労働需要のために雇用がとられてしまうと、庶民の日常生活のために必要な分野での人手が確保できなくなる。 私が勤務する立命館大学のある京都市を対象に、大学院のゼミ生が詳細に推計したところ、2025年には高齢化から波及する労働需要により、現在よりも4.5万人の働き手が必要になるとのことです。そこにインバウンド需要から波及する労働需要が加わった結果、京都市では少なくとも約16 万人、多ければ約29 万人の労働人口不足が発生することがわかりました。これは京都市に限らず各地で想定される事態です」 人手不足が深刻化している今現在、観光業界での雇用創出はむしろ私たちの生活の質を大きく下げることにつながりかねない。さらには、生み出される雇用は決して割のいいものではないと説明。 「現在の日本の観光産業は、確かに多くの雇用を生んでいます。とはいえ、その多くは非正規労働です。とても不安定な低賃金労働になっています」 総務省『労働力調査』を見ると、2022 年の宿泊業の非正規労働者の割合は54%。全産業(37%)と比較すると10ポイント以上も高い。加えて、厚生労働省『令和4年賃金構造基本統計調査』によると、「宿泊業、飲食サービス業」(257.4万円)は全産業の中で最も低かった。インバウンド需要によって不安定かつ低賃金な求人が多く誕生するのであれば手放しには喜べない。
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