ソーシャルキャピタル理論―1
■ソーシャルキャピタルとは 本書第24章から、社会学ディシプリンの中でも、特にソーシャルネットワークに関連する主要な経営理論を紹介してきた。本章はその締めくくりとして、ソーシャルキャピタル(社会資本)理論を解説する。 最近は、様々なところで「ソーシャルキャピタル」「社会共通資本」といった言葉を聞くようになった。ネットで検索すると、地域再生の文脈で使うことも多いようだ。 実際これから述べるように、ソーシャルキャピタルは 「地域コミュニティ」「チーム運営」「途上国の貧困問題解消」「企業の競争力」、さらには「デジタルネットワーク時代のビジネス」を考える上でも、非常に重要な切り口となる。 学術的なソーシャルキャピタル理論の出発点は、シカゴ大学の社会学者ジェームズ・コールマンが、1988年に『アメリカン・ジャーナル・オブ・ソシオロジー』に発表した論文だ※1。これもまた前々章のグラノヴェッター論文、前章のバートの著作と並んで、世界の社会学ベースの経営学者で読まない者はいない論文だ。グーグル・スカラーにおける同論文の引用数は、4万5000を超える。 ソーシャルキャピタルは、いまや経済学でも重要な研究テーマとなっている。例えば第9章で解説したゲーム理論を使って「信用のメカニズム」を説明することなどが、それに当たる。しかし本章は経営学で使われる「社会学ベースのソーシャルキャピタル」にあえて絞り、その理論メカニズムと意義を解説しよう。 ソーシャルキャピタルは、学術的にどう定義されるのだろうか。ソーシャルキャピタルに関する近年のレビュー論文である南カリフォルニア大学のポール・アドラーらが2002年に『アカデミー・オブ・マネジメント・レビュー』に発表した論文では、以下のように定義している※2。 Social capital is the goodwill available to individuals or groups. Its source lies in the structure and content of the actor's social relations. Its effects flow from the information, influence, and solidarity it makes available to the actor. (Adler & Kwon, 2002, p.23.) ソーシャルキャピタルとは複数の個人・集団の間に存在する、「善意」である。その源泉は、プレーヤー関係の構造や内容にある。ソーシャルキャピタルは、プレーヤー間の情報伝播、感染・影響、団結力などに影響をもたらす。(筆者意訳) この定義にあるように、ソーシャルキャピタルがとらえる範囲は広範だ。筆者なりに噛み砕いて言い直せば、「人と人がつながって、関係性を維持することで得られる便益すべて」といえるだろう。第24章から繰り返し述べているように、人と人のつながりは我々に様々な便益をもたらしうる。その便益を総称して、ソーシャルキャピタルと理解いただければよい。金融資本(financial capital)、人的資本(human capital)に続く、人類が持つ「第3の資本」だ。 現代の経営学では、この広義のソーシャルキャピタルを大きく2つに分けての理解が主流になっている。それは「ブリッジング」(briding)と「ボンディング」(bonding)だ。両者の違いを皆さんに理解いただくことが、本章の大きな目標になる。まずは前章までを読んでいない方のためにも、ブリッジング型のおさらいから始めよう。 ■復習:ブリッジング型のソーシャルキャピタル 図表1を見ていただきたい。図表1-aは、前々章の「『弱いつながりの強さ』理論」(SWT理論)、前章の「ストラクチャル・ホール理論」(SH理論)の解説で使った図である。ブリッジング型ソーシャルキャピタルとは、「これら2つの理論で説明できる便益すべて」と考えていただきたい。 例えば図表1-aでAとBは直接つながっておらず、Cを経由してのみつながっている。すなわち、A-C-BがAとBをつなぐ唯一のルートであり、これをブリッジと呼んだ。 SWT理論によれば、このブリッジを生むのは「弱いつながり」である。AとCがただの知り合いで、BとCもただの知り合いだと、AとBが知り合う確率は低く、三者の関係は「一辺(AとBの間)が欠けたままの三角形」になる。この一辺の欠けた三角形を多く含むソーシャルネットワークに拡張すると、例えば図表1-cのようになる。見た目がスカスカしているので、「希薄なネットワーク」(sparse network)と呼ぶ。 SWT理論は、この希薄なネットワークの便益を主張する。この手のネットワークでは情報が効率的に、無駄なく、遠くまで波及するからだ。したがってネットワークの隅々まで、多様な情報が行き渡る。結果、このネットワーク上のプレーヤーは多様な知に触れることができて、「知と知の新しい組み合わせ」を通じてイノベーションを起こしやすくなる。就職の情報収集で有利になったりする、という実証分析の結果もある(本書第25章参照)。 一方のSH理論は、プレーヤー周辺の「構造」に注目する。図表1-aでA-C-Bがブリッジということは、AとBの間にすき間(ストラクチャル・ホール)があるということでもある。したがってCに情報が集まりやすく、Cはその流れをコントロールして他者より優位に立てる。これをブローカレッジと呼ぶ。図表1-cの拡張されたネットワークなら、例えばGは比較的ブローカレッジの強いポジションにある。 いずれにせよ、SWT理論とSH理論が提示する「便益」とは、「つながっていないプレーヤーの間を、第3のプレーヤーが媒介する」ことで生まれるものだ。これが、ブリッジング型のソーシャルキャピタルである。 【動画で見る入山章栄の『世界標準の経営理論』】 ※1 Colman, J. S. 1988.“Social Capital in the Creation of Human Capital,” American Journal of Sociol-ogy, Vol.94, pp.95-120. なお、より広義には「ソーシャルキャピタル」の概念化は、フランスの哲学者・社会学者のピエール・ブルデューが1985年にフランス語で定義したのが最初とも言われる。 ※2 Adler, P. S. & Kwon, S.W.2002. “Social Capital: Prospects for a New Concept,” Academy of Management Review, Vol.27, pp.17-40.
入山 章栄