元KADOKAWA会長・角川歴彦と作家・貴志祐介が徹底討論…冤罪の本質とは何か?袴田事件の話をしよう
小説家・貴志祐介氏の新刊『兎は薄氷に駆ける』(毎日新聞出版)が話題だ。父の冤罪をすすぐため、身命を賭して復讐を誓った男がとった行動とは? このリアルホラー小説を、万感の思いで読んだ人物がいる。角川歴彦──東京五輪をめぐる贈収賄事件で逮捕されたKADOKAWAの元会長である。7ヵ月以上にわたり長期勾留された角川氏は、貴志氏とも長年の親交がある。この小説を巡って、二人が縦横に語り合った。 【写真】世界が驚愕…シブコの鍛え上げられた 「圧巻ボディ」奇跡のショット!
「冤罪」の中に潜む「兎」(うさぎ)の一文字
角川歴彦貴志さんの新刊『兎は薄氷に駆ける』の表紙帯には〈これぞ現代日本の“リアルホラー”〉と書かれています。冤罪事件を描くこのリアルな作品は、東京地検特捜部に逮捕され、東京拘置所で226日間を過ごした僕にとって他人事とは思えませんでした。 貴志祐介ドラマや映画に出てくる検事は、みんな冷静でちゃんと証拠に目配りして、正義の味方のように描かれることが非常に多いです。過去に実際に起きた冤罪事件の記録を読むと、それがあまりにも現実とかけ離れていることに驚きました。ホラー小説の作家である僕から見て、冤罪事件こそまさにホラーそのものだと思ったのです。 角川『兎は薄氷に駆ける』には、検察によって密室で冤罪事件が作られる構図、すなわち「人質司法」の手法がリアルに描かれています。この作品は「恐怖のスーパーリアリズム小説」であり、国家権力に対する「告発小説」です。 『兎は薄氷に駆ける』という題名は、どんなテーマの小説なのか一見しただけでは、わかりにくいですね。 貴志敢えて何のことだかわからないタイトルを選びました。猟犬やキツネに追われたウサギは、大ケガをするのがわかっていながら捨て身でイバラの中に突っこむそうです。すると体が大きなや猟犬やキツネは、もっとケガを負いやすくなります。 イチかバチか我が身を捨てて、肉を斬らせて骨を断つ。昔読んだ『シートン動物記』に、追い詰められたウサギの覚悟と行動が書いてありました。 角川『兎は薄氷に駆ける』には次のような場面があります。 〈本郷弁護士は、卓上にあったメモ用紙に『冤』という文字を書くと、謙介に見せる。 (略) 「この字は、ウサギが覆いの下で身を縮めている様を示しているんです」〉(『兎は薄氷に駆ける』電子版134ページ) 「兎」(ウサギ)という文字に「冖」をつけると「冤罪」の「冤」の字になるわけです。この禍々(まがまが)しい文字は、自分より強い力をもった者(検察官)に密室に閉じこめられ、ブルブル震えているウサギ(冤罪被害者)の姿を彷彿(ほうふつ)とさせます。 貴志「冤」という漢字は「冤罪」以外に使う機会がないのです。 角川犯罪に関わる漢字は、禍々しさが匂ってくるものだらけです。「共同謀議」の「謀」(はかりごと)という文字とか、「監獄」の「獄」とか、文字を見るだけで何とも言えない、おぞましい感じが漂ってくる。