「6年後、中学受験で入ればいいわ」義姉の慰めが、小学校受験に失敗した母に突き刺さった理由とは
突き刺さる言葉
「本当にこの学校に入れてよかったですよね。皆さん優しいし、うちの子もすっかり学校になじんでとっても楽しそう」 バザーのための検品作業で隣になったお母さんが話しかけてきた。ネックストラップには「夏目」と書かれている。優也の口からはきいたことがなかったけれど、色からして同じクラス。私はできるだけ自然に見えるようにうなずいた。 「そうですね、本当に」 「小学校受験なんて考えてなかったけど、おうちも近いし、この学校は手厚いときいて3カ月だけお教室に通ったんです。入れてよかった、広い校舎でのびのびできて、本当にいい学校!」 夏目さんは私と同い年くらいに見えた。学校のお手伝いだから私は一応ネイビーのスカートと白のトップスできたけれど、彼女はパンツに薄いピンクのシャツ。髪の毛も簡単な一つ結びで、花柄のエプロンをかけている。この前会った優香さんのエレガントなたたずまいと比べて、ぐっと庶民的だ。 ――だめだめ、比べたら失礼! とっさに湧いてきた罪悪感。不合格になったその日から、自己嫌悪までがセットだ。あの学校以外は意味がないように感じられ、届かなかったことを悔み、手の中にあるものは価値がないとため息をつく。 他愛もない雑談をしながら、頭のなかでは「3カ月しかお教室に通わないで望んだ学校に受かったんだ」と思ってしまう。私たちは2歳から通ったんだけどな……。 いつになったら、こんなふうに感じないで健康的な毎日を送れるのだろう? 気がついたら悲しい気持ちになって、まったく出口がないように感じられる。 みんな、小学校受験がこんなに恐ろしいものだと知っていて始めたの? それとも覚悟もなく、のんきだったのは私だけだったのだろうか。
小説/佐野倫子 イラスト/Semo 編集/山本理沙
佐野 倫子