日大習志野 宮澤ミシェルTC「日大習志野との不思議な縁」
今年4月から日大習志野サッカー部のテクニカルコーチに就任した、元日本代表で解説者の宮澤ミシェル氏。今回、どのような経緯でテクニカルコーチに就任したのか。そこにあった日大習志野との縁とは。そしていまの選手たちに思うこととは何か。 【フォトギャラリー】日大習志野高等学校サッカー部 ―――今回、どのような経緯で就任に至ったのでしょうか? ある時期、いろんな学校に出向いて巡回コーチをしていた際、東京工業大学附属科学技術高校サッカー部前監督で、日本文化大學サッカー部のアドバイザーを務める進藤正幸先生とお会いしました。僕の先輩にあたりますが、この進藤先生はサッカーにまつわるさまざまな研究をなさっていて、いろんな海外の情報をもっていています。そんななか、進藤先生とヴィセラルトレーニングについて話しをしました。 サッカーはコンマ1秒で判断しなければならないスポーツ。意識はしているものの、まわりが止まって見える感覚、よくゾーンと言いますが、この感覚にすぐ入れる選手がいれば、なかなか入ることのできない選手がいます。僕が現役時代から感じていた、ゾーンや無意識の領域と呼ばれるものにハマったんですね。ヨーロッパにはそうしたトレーニング理論があるとは聞いていましたが、自分の経験もあったので、興味があり煮詰めていきたいと思ったんです。 そうしているうちに、進藤先生から「同じように勉強したい人がいるけど、どうだ」と言われました。その「同じ勉強をしたい人」というのが飯田監督でした。このとき、すぐ進藤先生から電話してもらって、興味を持っていた僕と実践している飯田監督と引き合わせてくれました。これがキッカケです。 ―――ずいぶん展開が早いですね。 進藤先生からは「決して強い学校じゃないぞ」と言われましたが、気になりませんでした。これまで帝京高校サッカー部などでコーチをしていましたが、選手たちがどのような表現をするのかにとても興味がありました。また僕の亡くなった兄が日習(日大習志野の略称)だった縁もありました。 ―――すごい縁というか、巡り合わせ、タイミングですね。 あともうひとつ。現場感が欲しかったことがあります。この1年、選択理論心理学を勉強しています。これは大企業の研修で使われているものです。たとえば「成功は技術である」という言葉があります。やり始めれば、誰もがある程度のところまではできる。なぜなら成功は技術であるから。限られた人だけが成功するわけじゃないという考えです。以前から、サッカーのグループ作りと企業作りは一緒だと考えていました。学ぶなかで、ある人から「ミシェルさん、話し手になってくれ」と頼まれました。ただその前に、現場の温度感がどうしても欲しかったんです。学びたいトレーニング理論を実践できる。そして選択理論心理学も学べる。その両方ができると考えました。これまで落とし込んできたものがあったので、ここで子どもたちがどのような反応を示すか、飯田先生とやってみたかったです。そして、ことしの3月に試合を見せてもらってから、手続きを踏んで4月にテクニカルコーチになりました。 ―――改めて高校サッカーの指導はどうですか。 僕が高校生のとき、厳しさの名を借りたパワハラは当たり前でした。フランス人の父は「どうなっているんだ」「なぜこんなに長く練習をするんだ」と驚いていました。当時の僕もおかしいなと思っていましたが、父は「君たちのやっていることは軍隊のようだ」と言われたりもしました。実は選択理論心理学には、人の話しを聞く傾聴、励まし、そして信頼、尊敬などがあります。外的コントロールから内的な動機付けがいまの主流です。たとえば、WBCを戦った野球日本代表=侍ジャパンもそうですし、サッカー日本代表を率いる、森保一監督もそうです。厳しさはあっても、決して外的なものでなく、信頼・尊敬があり、意見の違いは話し合いながら、チームを作り、まとめていく、そうした考えがあります。 ―――トレーニングを行うなか、感じたことはありましたか。 実はこの前、練習試合をしましたが、そこで悩みが生まれました。ヴィセラルトレーニングを実践するなか、すごくいい時とそうじゃない時の波が出ます。きょうの練習はよかったんです。きょうのようにできればよかったのですが、先日の練習試合では2-2で引き分けてしまい、「この差は何だ」と悩むわけです。良い状態をどのように維持させていくか。いつも良い状態にするのが僕らの責任だと飯田監督と話しをしましたし、「お互いに悩もうじゃないか」と励ましあいました。「あれだけできたのに、なぜできないのか」「相手によるのか、それとも強い相手に発揮できるのか…」を考えています。 ―――このトレーニングを実践するなかで、この選手は覚えがいいなという選手はいますか。 いますね。そうした選手にはレパートリーが増えるようにヒントを与えます。選手全員にはアドバイスはしますが、やるかやらないかは本人次第。でも「やってみよう」と興味を持って自然と食いついてきます。 ―――日大習志野は進学校です。3年生になると進学か部活を続けるかで気持ちは揺れ動くのではないでしょうか。 5月、インターハイ予選1回戦で敗退したあと、3年生がずいぶんと減ってしまいました。正直「またやり直しなのか」と驚きました。このことに進藤先生も飯田監督も「いままでそうやってきました」と話していました。これは厳しい。これがザ・高校サッカーだと改めて感じました。 ―――進学校ゆえの悩みですね。帝京高校でコーチを務めた1997年ころ、おそらくJリーガーになりたいと思う選手ばかりだったかもしれませんね。 大学に行ってもチャンスがあればやりたいという選手もいれば、「サッカーをやっても」という意見があります。将来、社会でどう生きればいいのか。いまの親御さんは「勝手にやりなさい」とは言わないですよね。日本人は社会というものを大事にして生きていきますね。逆に外国人は自分の人生を生きていくんです。これは亡くなった父親を見て、思います。いまの日本は受験が大事。勉強して幸せになるという考えが大きいですね。少し前、進学のために高3の早い時期にサッカー部を引退した人が、最後の選手権までやっておけばと後悔している、そんな話しをしていました。 ―――いまの生徒たちをみてどう感じますか。 選手たちには、いまいる環境は普通じゃないんだよと伝えてはいます。何のために大学にいくのかがわからない。「とりあえず大学にいく」。これが目標になっていると感じます。当然、サッカーをやっていますから常に勝ちたいと思っているでしょうが、いわゆる良い大学入って、そこからだよと。サッカーはもういいですという感じにはちょっと驚きますね。 僕が高校のときは赤点さえ取らなきゃいいと思っていました。しかし、大学に入って、勉強の面白さに気付きました。関係ないの授業をよく受けに行きました。生理学、解剖学…なんて面白いんだなと。これが何の意味があるのかがわかると面白くなりました。そういった面白みをサッカーで発見してくれれば、より楽しくなります。 当時の僕には体育の先生になりたい、サッカーの選手になりたいと目標がありました。そのなか、この学校には勉強ができて、スポーツができてバランスよい生徒が集まってきます。その彼らが大学にいってなにをするのか。彼らにとって大学って何か。良い会社に就職するとはいえ、どういった分野に就職するのか、現時点では見つかっていないと思います。自分というものをいつ出すのか。本当の希望がその先にあってくれることに期待したいです。 (文・写真=佐藤亮太)