<情熱の理由>伝統校の呪縛から解放 監督、係撤廃で判断力養成
◇情熱の理由(わけ) 表紙が少々くたびれた一冊のファイル。松山商(松山市)の監督、大野康哉さん(50)がとじ込んでいたメモには箇条書きでこうある。「選手はルールを守ることで精いっぱい」「柔軟に対応するより予定通り行動することが優先されている」「力がないのに日本一日本一と言わされている」 就任したのは2020年4月。センバツは16回、夏の選手権大会は26回も出場し、計7度の優勝を誇る松山商だが、甲子園は01年夏を最後に遠ざかったままだ。大野さんの前任校は同じく愛媛県立の強豪として知られる母校の今治西。15年間チームを率いて計11回、甲子園に導いた。県内屈指の進学校を厳しい指導と基本に忠実な野球で甲子園の常連に育て上げた指導者が、古豪の立て直し役となった。使命は「甲子園出場」だ。 新型コロナウイルス禍の中での異動。就任から約2カ月、部活動ができなかったが、野球部を取り巻く環境をつぶさに観察した。「なぜ長く結果を出せないのか」。ファイルに記されたメモは「2年前に自分なりに考えた松山商の問題点」だ。新指揮官の目には、伝統校であるがゆえに「部員が萎縮している」ように映った。「歴史があるだけに決まり事が多い。実績があるだけに指導者や周りからの重圧もある」 もちろん、伝統校ならではの「いいところ」もたくさんあった。校内に一部共用とはいえ立派なグラウンドがあり、雨天用の練習場も。公立では珍しい野球部の寮があって監督住居まで備わっている。中学生の硬式野球チームの指導者や現役部員の保護者にもOBが多く、学校や部活動への理解も深い。「野球をやる環境は私学と遜色ない」。その一方で「受け継ぐ必要のないものまで選手が背負っている」と感じたのだ。 まず取り組んだのが施設・設備の整理整頓。「月並みかもしれないが、新たな気持ちで部員が野球に向き合うためには必要なこと」だった。不用品を廃棄しつつ、組織に残る旧弊も取り除いていった。「例えば、食事中に音を立てると『すみません』と謝る。朝、新聞を取ってくる係、牛乳を配る係。寮生活、グラウンド内、いたるところで決まり事、係がついて回っていた」と苦笑いする。「言われた事をやるだけでは判断力、自主性が育たない。決まり事、係をなくし、いま自分ができること、誰かのためにできることをいつも考えて生活しなさい」と、口を酸っぱくして説いた。 大野さんの就任と同時に入学した西岡竜樹主将(2年)は「監督の名前を聞いてびっくりした。ついていけるかと不安もあった。確かに厳しいが、自分たちをよく見てくれ、丁寧に指導してもらえる」。マネジャー2人を含め、部員は1、2年生合わせて45人。主力の多くが自宅から通えるのに、「監督と一緒に」と寮生活を送る。大野カラーは確実に浸透している。 突出した選手はいないが、県大会では▽20年夏の独自大会8強▽同年秋8強▽21年春4強▽同年夏4強▽同年秋8強と、安定した成績を残してきた。昨秋には第94回選抜高校野球大会21世紀枠の県推薦校にも選ばれた。出場はならなかったが、大野さんは「選手にとっては甲子園を意識するいいきっかけになった」とみている。もっとも、OBからは「松山商ともあろうものが」という声も出たといい、大野さんも「21世紀枠にふさわしいかどうかと言われれば……。ただチームの現状は反映している」と複雑な表情だ。 「この2年間で問題点はクリアできた」と大野さんは言う。改革者というより、選手たちを呪縛から解き放った解放者といったところか。「伝統は受け継ぐものではなく、戦い取るもの。自分たちの出した結果が伝統となる」。古豪の復活に自信を見せた。【山口敬人、写真も】