「広い海で舟に乗っているよう」と妻に言い残し92歳男性は旅立った【老親・家族 在宅での看取り方】
【老親・家族 在宅での看取り方】#95 「死因は敗血症性ショックで、その原因としてはご持病の骨髄異形成症候群が濃厚かと思います」(私) ついのすみかと決めた住宅型老人ホームに奥さまと入居されている92歳の男性の方。前日に容体が悪化したとのことで、当院も往診に伺っていましたが、その時も敗血症性ショックが疑われ、ご家族にもう長くないことをお伝えしていた直後でした。 ここでいうショックとは、血圧が低下するなどし体中の血流の循環が突然悪くなり、臓器などに必要な酸素が十分に届かなくなることで生じるさまざまな状態を指します。 そして敗血症は血液中に菌がいる状態となり全身に炎症が起きていること。さらに重症になり血圧も上がらない状態を敗血症性ショックと呼んでいます。 またその原因と思われる骨髄異形成症候群は比較的に高齢者の方に多い疾患で、血液のもとになる細胞(造血幹細胞)のDNAに傷がつき、血液が作れなくなります。赤血球や血小板、白血球が減少するもので、急性骨髄性白血病も発症しやすくなります。 「朝までお食事も召し上がられていたと伺いました。ご年齢を考えても、これまでよく頑張られたのではないかと思います」(私) 「はい。看護師さんから、最後に『広い海で舟に乗っているよう』だとお父さんが言っていたと聞きました。お世話になりました。ありがとうございました」(妻) 在宅医療とはいえ我々が往診する先は、患者さんのご自宅ばかりとは限りません。サービス付き高齢者住宅や、住宅型老人ホームといった、ある程度入居される方の私生活の独自性が担保され、医療サービスなどをご自分で選ぶことができる施設などにも往診することもよくあります。 「ここ(施設)でお看取りされるほうが、一緒にいられる時間は長くなると思います。奥さまのご希望に沿えたらと思いますがいかがでしょうか」(私) 「ここで診ていただけるのであれば、それが一番です」(妻) 「お看取りご契約をしていただけたらと思います」(施設スタッフ) 「輸血も中止でいいですか?」(私) 「はい」(妻) 私たちは点滴などで最大限苦しみを取り除く処置を行い、奥さまと過ごす時間を設けられるように努めたのですが、一晩明け、呼吸停止のご連絡が来たのでした。 いつまで続くかわからない苦しみといつ尽きるかわからない命、いつ何があってもおかしくないご自分の状態を、海原で小舟に乗っているといった不安な気持ちに置き換え、「広い海で舟に乗っているよう」と患者さんは表現されたのでしょう。 そんな最後の言葉も、私たちが患者さんやご家族にできる最大限のことは何かを、改めて考えるきっかけになる貴重な言葉なのでした。 (下山祐人/あけぼの診療所院長)