2023年を振り返るアニメ評論家座談会【後編】 業界全体に残る課題を考える
2023年のアニメ界を振り返るために、レギュラー執筆陣より、アニメ評論家の藤津亮太氏、映画ライターの杉本穂高氏、批評家・跡見学園女子大学文学部専任講師の渡邉大輔氏を迎えて、座談会を開催。 【写真】「まさかのコラボ」ディズニー映画『ウィッシュ』×『SPY×FAMILY』スペシャルビジュアル 日本のアニメ産業における宣伝戦略や、世界的な視野で見た日本アニメの現在地について掘り下げた前編に続き、後編では、海外アニメーションの現在地や配信ビジネスの課題、そして、2023年のアニメ作品全体の傾向にフォーカスし、語り合ってもらった。(編集部) 若者の「ディズニー離れ」が顕著に現れた年に 杉本穂高(以下、杉本):ディズニーを含むハリウッドの作品について、アイデンティティポリティクスやダイバーシティ的な観点は重要だけど、その観点でばかり観ないといけないわけじゃないんです。エンタメの中にそういう要素があるよ、ということでいいと思うんです。それが縛りのように感じられてしまっているとすれば、我々含めメディア側がそこをフックにして記事を書くことが多くなっていて、楽しさそのものを伝えることがおろそかになっていたということかもしれない。ディズニーCEOのボブ・アイガーも最近「一番の目的は人々を楽しませることだ」と発言していたようですが、そんな中で、マリオのような作品が大ヒットしたことは、映画産業全体、ハリウッドも含めて、これから変わっていく兆しかもしれません。そのディズニーは2023年は不調でしたね。 渡邉大輔(以下、渡邉):私もそういう実感を持っています。日本人って、あんなにディズニーが好きな割には、「ディズニー創業100周年」も驚くほど盛り上がっていない。改めて、今の日本人にとって、ディズニーって本当に、「作品」じゃなくて「レジャー」なんだなあとつくづく思いました。おそらくここにも、今年40周年を迎えた東京ディズニーランドに始まる80年代的な消費文化が影響しているのだと思います。『シンデレラ』とか『眠れる森の美女』ではなく、「イクスピアリだよね!」というか(笑)。 藤津亮太(以下、藤津):ディズニーって大きくなりすぎて、もはや「空気」みたいなところがありますからね。それはそれですごいことなんですけども(笑)。『マイ・エレメント』は素直な映画でよかったと思いますが。ディズニーの件で言うなら、ひとつひとつの作品の評価以上に、 コロナ禍でいきなり配信のみへ舵を切ったのが良くなかったと思っていて。日本の興行界からの反発も強かったですしね。この流れで海外アニメの話を少ししたいと思うのですが、今年は『雄獅少年/ライオン少年』や『オオカミの家』が話題になりました。『オオカミの家』は良くも悪くも、「アリ・アスターが認めた」っていう1点突破の宣伝だったんですよね。観ると怖いけど、いわゆるホラーとして演出されているわけではない。宣伝的な打つ手がそれ以外になかったからだと思うんですけど、 それが結果、良かったんじゃないかな。なんとなく、興味を比較的引きやすかったと思います。 杉本:あの作品、壁に絵を描いてるじゃないですか。あれを描いて消して描いて、ワンフレームずつ撮ってるわけですね。とんでもない作業ですよね。 藤津:しかも制作拠点を複数移動しながら作っているということで、「行った先で全部あれこれ描いて、それを繋いでるの? マジか!?」みたいな(笑)。 立体アニメーションと平面のペインティングのアニメーションがシームレスになるところもあり、認知を混乱させる仕掛けがいっぱいあるのも面白かったです。 杉本:『雄獅少年/ライオン少年』も、本当に素晴らしい作品でしたから、もうちょっとヒットしてもいいんじゃないかなとは思いました。中国のアニメーション映画で言うと、何年か前の『羅小黒戦記(ロシャオヘンセイキ) ぼくが選ぶ未来』。あれはヒットしたけど、『雄獅少年』は日本人にとってキャラクターデザインに馴染みがないのが、1つネックだったでしょうか。 藤津:ここ数年、海外アニメーションの話題作が増えてきて、ちゃんと興行として公開されることが多くなっています。日本のアニメはたくさん作られていますが、他の国にも面白いアニメがあることが認識されてきました。娯楽性やアート性の面で面白い作品があることは良いことだと思います。この流れが続くと良いと思いますし、自分がプログラミング・アドバイザーを務めた東京国際映画祭のアニメーション部門で、今年から海外アニメーションを紹介するようになったことも大きな流れでいうとその一環だと思います。海外で言うと『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』の中で『進撃の巨人』が重要なアイテムと使われていました。高校のロッカーに“Attack on Titan”と書かれてるのが伏線になってます。 杉本:BTSと並んで言及されていて、そんなビッグネームと並ぶくらいには『進撃の巨人』って有名なんだと思いましたね。 藤津:海外アニメの文脈で話すと、かなり前から、東アジア・東南アジアの人に向けて、東アジア・東南アジアのスタッフが集まって作るっていうのが僕はありだ思っています。政治の壁で中国は難しいかもしれないですが、この地域は、ある程度文化が近しいので。日本人は歴史的にアメリカに親しみを感じてるので、海外というと北米が筆頭にあがりがちですが、東アジアのクリエイターと日本のクリエイターが組む、みたいなことがもっとあってもいいなと思っています。 杉本:そうですね。しかも世界全体で見てもアジアは成長市場なので、そこを取るのは非常に重要なんですよね。幸い、日本アニメはその地域で強い。どんどんそういう企画をやっていった方がいいと思います。 藤津:以前から『ドラえもん』が、輸出されているわけですよね。冗談っぽく言えば、「『ドラえもん』が売れてる国なら多分行ける」という話です(笑)。感性の共有化が進んでいるので。互いが他人の文化を楽しんでる感覚じゃなくて、自分の文化だと思って接するほどに噛み砕かれてると思うんです。 杉本:各国から、昔の名作アニメのリメイク企画みたいなのがいろいろ出ているじゃないですか。ああいうのも、もっとこれから出てくるんですかね? 藤津:サウジアラビアの資本で『UFOロボ グレンダイザー』をリメイクする『グレンダイザーU』とかですね。 杉本:お金を出したい企業、手を組みたいクリエイターは、世界中にいるので、 これからどんどんそういう面白い話が出てくると思います。 藤津:そうなると、映画は2次的なメディアで、主戦場は配信サービス。必要に応じて劇場にかかる、みたいなフォーマットの方が多分汎用性は効くんじゃないかと思います。 アニメーション映画は「表象から体感」の時代へ? ーーそれでは、皆さんの考える“2023年の色”とも言える、2023年の作品全体の傾向を教えてください。 藤津:ここまで話に挙がらなかったけど、注目作だった作品は数多くありました。例えば映画『SAND LAND』『アリスとテレスのまぼろし工場』『北極百貨店のコンシェルジュさん』『駒田蒸留所へようこそ』。あと、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』とか『屋根裏のラジャー』も面白かったです。 そういう意味では、映画のために企画された作品で、力の入ったものが多かった。つまりアニメ業界に入ってきたお金をどう使うかというときに、テレビで作品を作るよりも映画をやったほうがメリットがあるんじゃないか、という選択肢がありえる状態なんですよね。景気が悪いとこうはならない。その結果で、個性的な作品がいっぱい出た年だと言えると思うんですよね。ただこれが配信ビジネスの盛り上がりがシュリンクしてきたら、どうなるかはわからないところですね。来年以降、2025年~2026年ごろの映画企画がどうなるか気になるところです。 杉本:注目すべき劇場用のアニメ映画は多々あったけど、“なかなか興行成績には結びつかなかった”というのが、正直なところです。『BLUE GIANT』と『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』あたりはその壁を抜けたのかなという印象ですけど、他は苦戦しましたよね。でも、この辺の企画をどう持ち上げていくのかは、業界全体で割と課題がまだ残ってると思っていまして。例えば『駒田蒸留所へようこそ』はF1層に刺さらないといけないんだけど、そこに届ける文脈がちょっとアニメ業界全体に少ない。 等身大の働く女性の物語ってテレビドラマではたくさんあって、それなりに人気あると思うのですが、多分そういう層に届けないといけない作品だったのではないでしょうか。 渡邉:ヒロインがBL好きっていう設定はちょっとそういうニュアンスを出してますよね(笑)。 杉本:そうですね。ちょっとニュアンスを出したんですけど(笑)。でも、そこが作品で重要なポイントではないし、そこをプロモーションで押すのも違うし。 藤津:そう考えると、まだ見ぬ観客と今いる観客のどこに届けるかは課題かと思います。これは何年もずっと、アニメのオリジナル企画は常に言われていていたことでもあるのですが、成功例がすごく少ないんですよね。 杉本:例えば、『アリスとテレスのまぼろし工場』って、映画祭に出す話があってもいいですよね? 藤津:出してもいいタイプの映画だと思いますし、むしろそっちで強さを発揮するタイプだと思いますよ。とはいえ、 基本的には国内で回すことを考えていることが多いので、そういう、逆輸入パターンは限られているんですよね。その点『駒田蒸留所へようこそ』は、アヌシー国際アニメーション映画祭に持って行ってました。これは挑戦をしてよかったんじゃないですかね。 渡邉:私の中では、冒頭で出した「表象から体感へ」というフレーズに即して整理すると、今年は例えば『【推しの子】』『劇場版アイドリッシュセブン LIVE 4bit BEYOND THE PERiOD』みたいな「体感」系とも言えるアイドルやライブをテーマにした新世代の作品と、『君たちはどう生きるか』といういかにも映画的な「表象」の時代のアニメーションという両極の作品がすごく印象に残りましたね。また、2022年のこの座談会を振り返ると、杉本さんの方から、新しい作家主義についてのお話がありましたけれども、今年もそういった意味で、 『アリスとテレスのまぼろし工場』などは非常に印象的な作品でした。冒頭の話に戻りますが、この10年でアニメのリテラシーや受容環境が大きく変わったことを、大学での若い学生との接触を通じて実感しました。アイドルアニメや推し活など、作り手の名前が意識されずにライブで盛り上がるタイプのエンターテインメントと、一方で宮﨑駿のような今ではクラシックとなった作家性のあるアニメとの間に、大きなパラダイムシフトがあったと言いますか。あとは、親子関係を含めた“継承”は一つのモチーフだったように思います。『君たちはどう生きるか』も、大叔父からの継承をめぐる話でした。『【推しの子】』『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』とか、『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』もそうですね。 藤津:さっき話題に出た『駒田蒸留所へようこそ』も継承の物語ですしね。 渡邉:まさしく。 杉本:お2人の今のお話以外の部分で一点言うとしたら、人気の一極集中化はまた進行している気はしますよね。中堅どころの作品でも、非常にいい作品がテレビ含めてあったとは思うんですけど、 そこになかなか注目を集められていない。『天国大魔境』とか、素晴らしかったはずなのに。ディズニープラスだけでの配信だったせいもあるのか、 そこまでアテンションを取れなかった。このクオリティでこれだけの話題にしかならないのは、ちょっとショックです。 藤津:謎を追っかけていく原作で、アニメが謎の全貌を解明する前のところまでなのもカチっとはまらなかったのかもしれないですね。もったいない……! 杉本:その他、良質なアニメはたくさんあったんですけどね……。いかんせん、市場の飽和状態がずっと続いてるので。お金をアニメに出したい側が増えてきてることもあり、テレビ局も含めて、なかなか解消されそうにない点はちょっと不安です。 アニメーションにおける「倍速視聴」を考える 渡邉:そうですね。あと今年は、印象的だったことが一つありました。『映画を早送りで見る人たち』(光文社新書)でも取り上げられた「倍速視聴」が昨今のコンテンツ消費で話題ですが、この前、僕のゼミの3年生が『君たちはどう生きるか』の話をしている時に、「この作品は早送りできないですね!」って言ったんです。本質を突いているなと思いました。 藤津:早送りは難しいところですよね。知り合いで、ほぼ全部のテレビアニメを観てる人がいるんですけど、その人は早送りで観ています。多分気になったところだけ、丁寧に見ているんだと思うんですが。“チェックしてる”に近いかもしれません。 渡邉:“推しが出てくるまで早送り”で文脈が繋がる作品もありますが、仮に『千と千尋の神隠し』でそれやったらえらいことになりますからね。物語にまったくついていけない(笑)。 杉本:早送り問題は難しいですね。視聴者側としては、やる権利もあるわけなので。 藤津:早送りはしませんが、“ながら観”となると僕自身もよくやるんですけど、それはどうなるのかということもありますしね。 杉本:そういう意味でも、映画館という場所は僕はずっと守っていきたいところです。そういうことを一切できない、鑑賞に特化した場所があるのは、実は文化的に大変貴重なことだと思います。
すなくじら